ソフトバンクグループ の歴史

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創業 1981年
創業者 孫正義
創業地 福岡県福岡市
創業
1981年9月、24歳の孫正義氏が福岡市で日本ソフトバンクを設立した。パソコン用ソフトの流通には書籍取次にあたる卸機能がなく、ソフトハウスと小売店とユーザーを1社で結ぶ商売を着想した。シャープや日本電気と独占販売契約を締結し、全国の卸売網を形成。翌1982年には専門雑誌の出版へ広げ、1994年7月に店頭登録を果たした。ただし公開で得た資金は本業の拡大ではなく買収や出資に充てられ、1996年1月には米ヤフーと合弁でヤフー株式会社を設立し、米ヤフー本体へも100億円を追加出資して筆頭株主となった。1997年には社債発行による積極買収を推敲し、売上高を超える有利子負債に対して、株式市場は疑念の視点を持った。
決断
業種を替えても、投じた額はつねに手元資金を超えていた。2001年9月にYahoo! BBでADSL市場へ参入したときは、売上を超える赤字と『解体』の懸念に耐えて加入者を確保した。2004年7月には日本テレコムを約3400億円で取得し、法人顧客と光ファイバーを手に入れる。2006年4月のボーダフォン日本法人の買収は約1兆7500億円で、買収先の資産を担保とするノンリコースローンを軸にLBOを組み、本体の貸借対照表への影響を抑えた。2012年10月には米スプリントを買収し、約1.8兆円で北米の携帯市場へ入る。2016年7月には英アームを買収し、当時としては過去最大の3.3兆円を投じた。買収のたびに有利子負債は膨らみ、そのつど保有株の売却益が返済の原資になった。
現況
事業が稼ぐ利益より、投資の評価益のほうが桁で大きい。2026年3月期の連結売上高7兆7987億円のうち7兆409億円は上場子会社ソフトバンク(9434)の国内通信で、そのセグメント利益は9650億円。同期にアーム事業から改組したAIコンピューティング事業は売上6403億円・損失1373億円だった。2事業を合わせた8277億円に対し、税引前利益は6兆1349億円、親会社の所有者に帰属する純利益は5兆22億円へ達する。差を作ったのは10兆円規模のソフトバンク・ビジョン・ファンドを組成した2017年以降に積み上げた投資である。2025年1月にはオープンAI・オラクルと総額5000億ドルのAIインフラ計画『スターゲート』を立ち上げ、同年3月にはサーバー向けCPUを設計する米アンペア・コンピューティングを65億ドルで買収した。投資先の株式を持つだけだった会社が、設計から製品までを自前で抱える側へ移った。
競合
競争相手は同業の通信会社から、規制当局と物言う株主へ替わった。2013年に約1.8兆円で買収したスプリントは米国4位から3位を目指す競争で設備投資の負担を抱え、2020年4月にT-Mobile USとの合併で連結から外れる。北米の携帯市場での競争はここで終わった。同年3月、米エリオット・マネジメントは保有株価値に対する株式時価の割安を突いて株主還元とガバナンス改善を求め、最大4兆5000億円の資産売却と計2兆5000億円の自社株買いを決めた。同年9月にはアームの全株式を米エヌビディアへ売却する契約が最大400億ドルで合意したが、英CMAの競争上の懸念と米FTCの提訴を越えられず2022年2月に解消された。売却できなかったアームは2023年9月にナスダックへ単独上場し、2026年3月期末の時価総額20兆4564億円を支える資産になった。

創業ストーリー ソフトウェア流通からインターネット投資への転身 (1981年〜)

ソフト流通の空白を埋めた創業と出版事業への参入

1981年9月、24歳の孫正義[1]は東京都千代田区四番町に日本ソフトバンクを設立[2]し、パーソナルコンピューター用パッケージソフトの流通業を始めた。創業の地は福岡市[3]である。当時はパソコンの普及でソフトの種類が増える一方、メーカーから小売店へ商品を届ける卸機能を担う事業者がほとんど存在せず、利用者は複数のマイコンショップを探し回らねば[4]目当てのソフトに辿り着けなかった。孫氏は書店で本を買うようにソフトを届ける中間流通[5]として事業を設計し、資本が小さく成長性が高いという条件で数業種に絞り、社員を雇って市場と技術を1年半調べたうえで[6]創業に踏み切った。翌1982年5月には月刊『Oh! PC』と月刊『Oh! MZ』を創刊[7]し、出版事業へ参入している。

  • ソフトバンク 略歴:孫正義(公式)
    • [1]創業者 孫正義・設立時24歳
  • ソフトバンクグループ 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [2]1981年9月 日本ソフトバンク設立(東京都千代田区四番町)・パッケージソフト流通業を開始
    • [7]1982年5月 月刊「Oh! PC」「Oh! MZ」創刊・出版事業に参入
  • ソフトバンク(ソフトバンクG)の歴史
    • [3]創業の地 福岡市
  • 近代中小企業(1983年6月)
    • [4]ソフト卸売機能の不在(利用者は複数のマイコンショップを探し回る状態)
    • [5]書店で本を買うようにソフトを届ける卸売としての事業設計
  • 日経ビジネス(1987年1月19日)
    • [6]資本が小さく成長性が高い等の条件で数業種を選び市場と技術を1年半調査

創業資金は、米国留学中に開発した自動翻訳機の特許で得た1億円[8]であった。ソフトは担保にならないため創業時の流通業へ融資する銀行はなく、シャープの佐々木正氏らの個人保証でようやく実行に至っている[9]。経営経験の不足を補うため、1983年には日本警備保障出身の大森康彦氏を社長に迎え、孫氏は会長へ退いた[10]。売上高は2期の23億円から3期45億円、4期75億円[11]と伸び、5期にあたる1985年12月期には115億円へ達している[12]。設立翌年に創刊した『Oh! PC』も成功し、出版が卸売と並ぶ事業の柱に育った[13]。孫氏は1986年に社長へ復帰[14]している。

  • 日経ビジネス(1987年1月19日)
    • [8]電訳機の特許で得た1億円を元手に創業
    • [10]1983年 日本警備保障出身の大森康彦を社長に迎え孫正義は会長へ
    • [13]設立翌年創刊の「Oh! PC」が成功し出版が卸売と並ぶ柱に
    • [14]1986年 孫正義が社長へ復帰
  • 日経ビジネス(1995年2月13日)
    • [9]ソフトは担保にならず融資が付かず、シャープの佐々木正らの個人保証で融資が実行された
  • 知識 2(3)(51)
    • [11]創業期売上高 2期23億円・3期45億円・4期75億円
    • [12]5期(1985年12月期)売上高115億円
  • ソフトバンク 略歴:孫正義(公式)
    • [1]創業者 孫正義・設立時24歳
  • ソフトバンクグループ 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [2]1981年9月 日本ソフトバンク設立(東京都千代田区四番町)・パッケージソフト流通業を開始
    • [7]1982年5月 月刊「Oh! PC」「Oh! MZ」創刊・出版事業に参入
  • ソフトバンク(ソフトバンクG)の歴史
    • [3]創業の地 福岡市
  • 近代中小企業(1983年6月)
    • [4]ソフト卸売機能の不在(利用者は複数のマイコンショップを探し回る状態)
    • [5]書店で本を買うようにソフトを届ける卸売としての事業設計
  • 日経ビジネス(1987年1月19日)
    • [6]資本が小さく成長性が高い等の条件で数業種を選び市場と技術を1年半調査
    • [8]電訳機の特許で得た1億円を元手に創業
    • [10]1983年 日本警備保障出身の大森康彦を社長に迎え孫正義は会長へ
    • [13]設立翌年創刊の「Oh! PC」が成功し出版が卸売と並ぶ柱に
    • [14]1986年 孫正義が社長へ復帰
  • 日経ビジネス(1995年2月13日)
    • [9]ソフトは担保にならず融資が付かず、シャープの佐々木正らの個人保証で融資が実行された
  • 知識 2(3)(51)
    • [11]創業期売上高 2期23億円・3期45億円・4期75億円
    • [12]5期(1985年12月期)売上高115億円

株式公開と買収による情報網の獲得

1990年7月に商号をソフトバンクへ改め[15]、1994年7月には株式を日本証券業協会へ登録[16]して株式公開に至った。公開で得た資金調達力を梃子に、同年12月から米国の展示会事業コムデックスと、シリコンバレーのIT出版社ジフ・デービスの買収[17]へ動いている。買収資金は社債でまかない、1995年2月の第1回無担保普通社債100億円[18]を皮切りに、1996年11月までに12本・合計2,200億円を発行した[19]。相次ぐ大型買収を借入で重ねた結果、有利子負債は売上高を超える規模へ膨らんでいる[20]。1998年1月には東京証券取引所市場第一部へ上場した[21]

  • ソフトバンクグループ 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [15]1990年7月 商号を「ソフトバンク株式会社」へ変更
    • [16]1994年7月 株式を日本証券業協会に登録(株式公開)
    • [21]1998年1月 東京証券取引所市場第一部へ上場
  • 日経ビジネス(1996年8月26日)
    • [17]1994年12月 米コムデックス(展示会)とジフ・デービス(IT出版)の買収
    • [20]相次ぐ買収を社債による借入で重ねた結果、有利子負債が売上高を超える規模へ
  • ソフトバンクFactBook(1998)
    • [18]1995年2月27日 第1回無担保普通社債100億円(利率3.70%)
    • [19]1995年2月〜1996年11月に無担保普通社債12本・合計2,200億円を発行

1996年1月11日、ソフトバンクは米ヤフーとの合弁で資本金2億円のヤフー株式会社を設立[22]した。出資比率はソフトバンクが60%にあたる1億2,000万円[23]、Yahoo Corporationが40%にあたる8,000万円で、代表取締役社長には孫正義氏自身が就いている[24]。事業内容は日本国内における日本語対応の情報検索サービスの提供とミラー・サイトの運営[25]で、ブランドと技術を米ヤフーから借り、資本と経営をソフトバンクが握る変則的な合弁であった。同年4月には米ヤフー本体へ約100億円を追加出資し、創業者を上回る筆頭株主となった。当時の米ヤフーは社員5〜6名、月商数千万円のベンチャーにすぎない。

  • ソフトバンクグループ 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [22]1996年1月 ヤフー株式会社(現LINEヤフー)設立
  • ソフトバンク「米国ヤフー社との合弁会社設立に関する件」(1996年1月11日)
    • [23]出資比率 ソフトバンク60%(1.2億円)・Yahoo Corporation 40%(0.8億円)
    • [24]ヤフー株式会社の代表取締役社長に孫正義が就任
    • [25]事業内容は日本語対応の情報検索サービス提供とミラー・サイト運営

連続買収に対しては財務体力の消耗を懸念する声が市場から上がり、1996年8月には相次ぐ買収に体力がもつのかという疑問[26]が投げかけられた。孫正義氏は『心配ない』と応じ、買収は『高い買物ではない』、『浮利は追っていない』[引用元]と反論している[27]。1997年秋には買収した企業の業績悪化が表面化し、孫流の拡大路線に暗雲が差した[28]。孫氏個人の会社を用いた買収スキームにも批判が集まったが、孫氏は『影の部分にも自分の責任はある』[引用元]と述べつつ、買収は続けると明言した[29]。同年11月の時点でも財務の工夫で当面を乗り切った状態で、買収先の業績悪化により予断を許さなかった[30]

  • 日経ビジネス(1996年8月26日)
    • [26]1996年8月 相次ぐ買収への財務不安が指摘された
    • [27]孫正義の反論「心配ない」「高い買物ではない」「浮利は追っていない」
  • 日経ビジネス(1997年10月13日)
    • [28]1997年秋 買収企業の業績悪化で拡大路線に暗雲
    • [29]孫個人の会社を用いた買収スキームへの批判と「影の部分にも自分の責任はある」・買収継続の明言
  • 日経ビジネス(1997年11月17日)
    • [30]1997年11月 財務の工夫で当面を乗り切るも買収企業の業績悪化で予断を許さず
  • ソフトバンクグループ 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [15]1990年7月 商号を「ソフトバンク株式会社」へ変更
    • [16]1994年7月 株式を日本証券業協会に登録(株式公開)
    • [21]1998年1月 東京証券取引所市場第一部へ上場
    • [22]1996年1月 ヤフー株式会社(現LINEヤフー)設立
  • 日経ビジネス(1996年8月26日)
    • [17]1994年12月 米コムデックス(展示会)とジフ・デービス(IT出版)の買収
    • [20]相次ぐ買収を社債による借入で重ねた結果、有利子負債が売上高を超える規模へ
    • [26]1996年8月 相次ぐ買収への財務不安が指摘された
    • [27]孫正義の反論「心配ない」「高い買物ではない」「浮利は追っていない」
  • ソフトバンクFactBook(1998)
    • [18]1995年2月27日 第1回無担保普通社債100億円(利率3.70%)
    • [19]1995年2月〜1996年11月に無担保普通社債12本・合計2,200億円を発行
  • ソフトバンク「米国ヤフー社との合弁会社設立に関する件」(1996年1月11日)
    • [23]出資比率 ソフトバンク60%(1.2億円)・Yahoo Corporation 40%(0.8億円)
    • [24]ヤフー株式会社の代表取締役社長に孫正義が就任
    • [25]事業内容は日本語対応の情報検索サービス提供とミラー・サイト運営
  • 日経ビジネス(1997年10月13日)
    • [28]1997年秋 買収企業の業績悪化で拡大路線に暗雲
    • [29]孫個人の会社を用いた買収スキームへの批判と「影の部分にも自分の責任はある」・買収継続の明言
  • 日経ビジネス(1997年11月17日)
    • [30]1997年11月 財務の工夫で当面を乗り切るも買収企業の業績悪化で予断を許さず

インターネットバブルの膨張と、崩壊下の資産圧縮

1999年10月、ソフトバンクは純粋持株会社へ移行し[31]、事業会社の株式を保有して統括する形へ組織を改めた。2000年2月にはAlibaba.com Corporationへ出資して関連会社とし[32]、のちにグループ最大級の含み資産となる持分を得ている。インターネットバブルのピークでは、米ヤフー株価の高騰によりソフトバンクの時価総額は一時20兆円へ達した。株式の評価額の大半はヤフー関連の含み益に支えられ[33]、事業から生まれる利益との落差が大きかった。1994年の株式公開から6年足らずで、ソフトウェアの卸売業者は世界有数の時価総額を持つ投資会社へ姿を変えている[34]

  • ソフトバンクグループ 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [31]1999年10月 純粋持株会社へ移行
    • [32]2000年2月 Alibaba.com Corporation(現アリババ)に出資し関連会社化
    • [34]ソフトウェア卸売から出発した企業が世界有数の時価総額を持つ投資会社へ変貌
  • 日経ビジネス(2000年3月6日)
    • [33]時価総額の大半が米ヤフー関連の含み益に支えられていた

2000年春からの株価下落で、投資先の多くが経営危機に陥った[35]。ソフトバンクは値上がりした投資先株式を選別して売却し、その利益で有利子負債を圧縮しながら1990年代に買い集めた資産を整理している[36]。並行して、破綻・国有化され公的資金で処理されていた日本債券信用銀行の買収に踏み切った[37]。投資会社を中心とするグループが銀行を保有する形には、系列企業へ融資を集中させる機関銀行化への懸念が当初から指摘されている[38]。2000年9月には日債銀の本間社長が自殺し、買収後のソフトバンクへ逆風が吹いた[39]

  • 日経ビジネス(2000年3月6日)
    • [35]2000年春からのネットバブル崩壊で投資先の多くが経営危機に陥った
    • [37]2000年 破綻・国有化された日本債券信用銀行を買収
    • [38]投資会社中心のグループによる銀行保有に「機関銀行化」の懸念が当初から指摘された
  • 日経ビジネス(2000年10月2日)
    • [36]投資先株式を選別売却し有利子負債の圧縮と1990年代の買収資産の整理を並行
    • [39]2000年 日債銀の本間社長が自殺し買収後のソフトバンクに逆風
  • ソフトバンクグループ 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [31]1999年10月 純粋持株会社へ移行
    • [32]2000年2月 Alibaba.com Corporation(現アリババ)に出資し関連会社化
    • [34]ソフトウェア卸売から出発した企業が世界有数の時価総額を持つ投資会社へ変貌
  • 日経ビジネス(2000年3月6日)
    • [33]時価総額の大半が米ヤフー関連の含み益に支えられていた
    • [35]2000年春からのネットバブル崩壊で投資先の多くが経営危機に陥った
    • [37]2000年 破綻・国有化された日本債券信用銀行を買収
    • [38]投資会社中心のグループによる銀行保有に「機関銀行化」の懸念が当初から指摘された
  • 日経ビジネス(2000年10月2日)
    • [36]投資先株式を選別売却し有利子負債の圧縮と1990年代の買収資産の整理を並行
    • [39]2000年 日債銀の本間社長が自殺し買収後のソフトバンクに逆風

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ソフトバンクグループの沿革1981〜2025年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1981〜2000年ソフトウェア流通からインターネット投資への転身孫正義日本ソフトバンクの創業とパソコンソフト卸売事業の立ち上げ

1981年9月、米国留学から帰った孫正義氏が福岡市で株式会社日本ソフトバンクを設立し、パソコン用パッケージソフトの卸売業に乗り出した経営判断。書籍取次に相当する卸機能の空白を突き、ソフトハウス・小売店・ユーザを1社で結ぶ流通を設計した。

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★★★
孫正義月刊「Oh! PC」・月刊「Oh! MZ」を創刊★★
大森康彦大森康彦氏が社長に就任★★
大森康彦売上高115億円を計上
孫正義孫正義氏が社長に復帰★★
孫正義ソフトバンクに商号変更★★
孫正義日本証券業協会に株式を店頭登録★★
孫正義第1回無担保普通社債を発行
孫正義米ヤフーとの合弁によるヤフー株式会社の設立

1996年1月、ソフトバンクが米ヤフーとの合弁で日本法人『ヤフー株式会社』を設立し、日本の検索ポータルに最先発で参入した経営判断。ソフトバンク60%・米ヤフー40%の出資で日本法人を握り、同年4月には米ヤフー本体へ35%・100億円を追加出資して創業者を上回る筆頭株主となった。社員数名のベンチャーへの出資が、のちにグループ最大級の含み資産へ育った。

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★★
孫正義キングストンテクノロジーを買収
孫正義相次ぐ買収と「拡大路線」への懸念

1994年の株式公開を機に、ソフトバンクがソフトウェア流通・出版から企業買収と投資へ軸を移し、米ジフ・デービスやコムデックスなどを相次いで買収した経営判断。1996〜1997年には、売上を超える有利子負債を抱えた連続買収に市場の懸念が高まったが、孫正義氏は『買収はやり続ける』と拡大の継続を明言した。

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★★
孫正義東京証券取引所市場第一部に上場
孫正義純粋持株会社に移行★★
孫正義ネットバブル崩壊下の資産圧縮と日債銀買収

2000年、米ナスダック発のネットバブル崩壊のなかで、ソフトバンクが保有する投資先株式を選別して売却し、有利子負債の圧縮と事業の整理を進めた経営判断。同じ2000年には、批判を受けながら破綻・国有化されていた日本債券信用銀行(のちのあおぞら銀行)を買収し、金融へ関与した。

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★★
孫正義Alibaba.com Corporationに出資し関連会社化★★
孫正義日本債券信用銀行を買収★★
2001〜2016年ADSLと携帯キャリア買収による通信事業体への変貌孫正義ADSL参入とYahoo!BBの危機

2001年、ソフトバンクが『Yahoo!BB』ブランドでADSLに参入し、モデムの無料配布などの莫大な先行投資でシェアを取りにいった経営判断。参入直後の2002年度はブロードバンド事業が売上を超える巨額の赤字を出し、事業売却=解体しかないとまで報じられたが、孫正義氏は投資を続け、参入5年目に黒字転換した。

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★★★
孫正義ブロードバンド事業で営業損失179億円を計上
孫正義ブロードバンド事業の営業損失が962億円に拡大
孫正義日本テレコムの買収と固定・携帯通信への布石

2004年7月、ソフトバンクが固定通信事業者の日本テレコムを約3,400億円で買収した経営判断。法人向け固定通信の顧客基盤600万ユーザーと光ファイバー事業を確保し、Yahoo!BBで築いた先行投資型の消費者事業モデルを法人・通信領域へ広げるとともに、携帯電話への参入をにらんだ足場とした。

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★★
孫正義福岡ダイエーホークスの買収と球団保有

2004年秋、ソフトバンクが福岡ダイエーホークスの買収に名乗りを上げ、球団の興行権を丸ごと買い取る形で交渉を進めた経営判断。当初は本命視されなかったが交渉をまとめ、2005年に福岡ソフトバンクホークスとして球団を保有した。消費者向けブランドYahoo!BBの知名度づくりに、プロ野球という露出装置を組み込む一手であった。

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★★
孫正義ブロードバンド事業が黒字転換
孫正義ボーダフォンの日本法人を子会社化★★★
孫正義「ソフトバンク新30年ビジョン」を発表★★
孫正義携帯基地局の整備・増強に2500億円を投資
孫正義営業利益6752億円を計上
孫正義スプリント株の70%取得を発表★★
孫正義スプリントの買収総額を216億ドルへ引き上げ
孫正義米スプリント買収による北米携帯市場への進出

ソフトバンクが2012年10月に発表し2013年7月に完了した、米携帯3位スプリントの買収。総額約216億ドル(約1.8兆円)でスプリント株の約78%を取得して子会社化し、国内キャリアから北米の巨大市場へ進出した経営判断。

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★★★
孫正義アリババがニューヨーク証券取引所に上場
孫正義国内通信4社が合併
孫正義ソフトバンクグループに商号変更★★
孫正義アリババ株の一部を売却★★
孫正義アームの買収を発表★★
孫正義英ARM買収——IoT・AI時代を見据えた過去最大3.3兆円のM&A

2016年7月18日、ソフトバンクグループが英ARMホールディングスを約240億ポンド(約3.3兆円)で買収すると発表し、同年9月に完全子会社化した経営判断。ARMはスマートフォン向けを中心に世界の半導体設計で圧倒的なシェアを持ち、買収額はソフトバンクにとって過去最大規模であった。

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★★★
2017〜2026年ビジョン・ファンドと投資持株会社への本格的転換孫正義ソフトバンク・ビジョン・ファンドの組成

2017年5月、ソフトバンクグループが運用総額986億ドル(約10兆円)のソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF1)を組成し、サウジアラビアのPIFを中心とする外部資金でUber・WeWorkなど大型ベンチャーへ1社数十億ドルを投じた経営判断。自己資金331億ドルに対し外部資金655億ドルをてこにする構造で、事業会社から投資会社への傾斜を決定づけた。

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★★★
孫正義ソフトバンクが東京証券取引所市場第一部に上場★★
孫正義ソフトバンク・ビジョン・ファンド2が活動を開始★★
孫正義エリオット・マネジメントが自社株買いを要求★★
孫正義株価が1日で17%強下落
孫正義エリオットの株主還元要求と、4.5兆円資産売却・2.5兆円自社株買い

2020年3月、ソフトバンクグループが最大4.5兆円(410億ドル)の保有資産を売却・資金化し、最大2兆円の追加自社株買いと有利子負債の圧縮に充てると発表した経営判断。同月13日に公表した5,000億円分と合わせ、自社株買いは計2.5兆円規模となった。この発表は、物言う株主エリオット・マネジメントが大規模な株主還元とガバナンス改善を求めた直後に置かれた。

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★★
孫正義親会社の所有者に帰属する純損失9615億円を計上★★
孫正義スプリントが子会社から除外★★
孫正義米エヌビディアへのアーム売却——最大400億ドルの契約と、規制が壊した世紀のディール

2020年9月14日、ソフトバンクグループが、2016年に約3.3兆円で買収した英半導体設計アームの全株式を、米エヌビディアへ最大400億ドル(約4.2兆円)で売却する契約を発表した経営判断。英国・中国・EU・米国の規制当局の承認を得られず、2022年2月8日に契約解消(破談)となった。

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★★
孫正義自社株買い1.5兆円を実施
孫正義本社を移転
孫正義親会社の所有者に帰属する純利益4兆9880億円を計上★★
孫正義米連邦取引委員会がアーム買収の差し止めを求めて提訴★★
孫正義アームの売却契約の解消で合意★★
孫正義親会社の所有者に帰属する純損失1兆7080億円を計上★★
孫正義プライム市場に移行
孫正義アリババが関連会社から除外★★
孫正義親会社の所有者に帰属する純損失9701億円を計上
孫正義アームがナスダックに上場★★
孫正義親会社の所有者に帰属する純損失2276億円を計上
孫正義エリオット・マネジメントが再び自社株買いを要求
孫正義アームの時価総額が約25兆円に到達
孫正義OpenAIへの巨額出資とAIインフラ「スターゲート」

2025年1月、ソフトバンクグループが米国のAIインフラに今後4年で5000億ドルを投じる新会社Stargateの設立に加わり、3月にはOpenAIへ最大400億ドル(約5.98兆円、実質最大300億ドル)の追加出資で合意した投資判断。段階的に払い込みを進め、2026年2月にはさらに300億ドルの追加出資で合意し、累計646億ドル・持分約13%まで積み増した。

詳細を読む
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孫正義米半導体設計Ampere Computingの65億ドル買収

2025年3月20日、ソフトバンクグループが、Armベースのサーバー向けCPUを設計する米Ampere Computingを総額65億ドル(約1兆円)の現金取引で買収すると発表した経営判断。主要投資家のCarlyleとOracleが持分を売却し、米当局の審査を経て同年11月25日(米国時間)に全持分の取得を完了、完全子会社化した。

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孫正義親会社の所有者に帰属する純利益1兆1533億円を計上
出典・参考
  • ソフトバンクグループ 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
  • 日経ビジネス(1987年1月19日)
  • 日経ビジネス(1995年2月13日)
  • 日経ビジネス(1996年8月26日)
  • 日経ビジネス(1997年10月13日)
  • 日経ビジネス(1997年11月17日)
  • 日経ビジネス(2000年3月6日)
  • 日経ビジネス(2000年10月2日)
  • 近代中小企業(1983年6月)
  • ソフトバンク「米国ヤフー社との合弁会社設立に関する件」(1996年1月11日)
  • ソフトバンクFactBook(1998)
  • ソフトバンク 略歴:孫正義(公式)
  • ソフトバンク(ソフトバンクG)の歴史
  • 知識 2(3)(51)

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