ボーダフォンを買収・携帯キャリアに新規参入
英Vodafoneの日本事業売却と携帯電話市場への参入機会の出現
2000年代半ば、日本の携帯電話市場はNTTドコモ(1位)、KDDI(2位)、ボーダフォン(3位)の3社が寡占する構造であった。ボーダフォン株式会社は英国のVodafoneが株主であったが、日本市場における売上成長の低迷を受けて日本事業の売却を検討するに至った。ボーダフォンは国内で約1500万ユーザーを抱える携帯キャリアであり、業績低迷とはいえ安定的な顧客基盤を有していた。
ソフトバンクは2004年頃から携帯電話事業への参入を模索していた。2004年9月には総務省に対して携帯電話参入のための周波数割当を主張し、2005年9月には免許申請を実施、同年11月に総務省から1.7GHz帯の割り当てを受けた。また、2004年7月には日本テレコムを約3400億円で買収し、法人向け固定通信事業の顧客基盤600万ユーザーを確保していた。これらの布石を経て、ソフトバンクは携帯キャリアへの本格参入の機会を窺っていた。
買収直前の2006年3月期時点で、ボーダフォンは年間営業キャッシュフロー3016億円・営業利益763億円を計上しており、業績低迷と評されながらも安定したキャッシュフローを生み出す企業であった。ソフトバンクにとっては、投資事業やADSLに続く安定収益の柱を獲得する機会であった。
LBOスキームで1.7兆円を調達し、社運を賭けたボーダフォン買収を実行
2006年3月にソフトバンクはボーダフォンの買収計画を公表し、翌4月にボーダフォン株式99.54%を1.69兆円で取得した。買収価格はソフトバンクの当時の売上高に匹敵する規模であり、買収に伴う2007年3月末時点の「のれん」は9873億円に達した。
資金調達にあたっては、ボーダフォンの資産を担保としたLBO(レバレッジド・バイアウト)により1.2兆円を調達した。金融機関からの融資は「ノンリコースローン」を採用し、ボーダフォンが背負う借入金についてソフトバンク本体が返済義務を負わない仕組みとした。買収が想定通りに進まなかった場合のソフトバンクへの財務影響を最小限に抑える設計であった。
買収の背景には、当時Appleで開発が進んでいたiPhoneの存在があったとされる。モバイルインターネットの普及を見込み、携帯電話事業とインターネットサービスを融合させる構想が買収の動機であった。ただし、2006年時点でAppleとの正式契約が締結されていたかは不明であり、iPhoneの国内独占販売が公表されたのは2008年7月であった。
孫正義氏の陣頭指揮によるPMIとソフトバンクブランドへの統合
買収後、孫正義氏はPMI(買収後統合)において自ら陣頭指揮を執った。日本テレコムの買収時に経営を現場に任せて苦戦した経験を踏まえ、料金プランの策定、端末の選定、ネットワーク整備、マーケティング戦略に至るまで、孫氏自身が意思決定に関与するトップダウン型のPMIを徹底した。
ブランド面ではボーダフォンの名称を廃止し、ソフトバンクブランドでの展開を決定した。商号を「ソフトバンクモバイル」に変更し、ADSL事業のYahoo!BBで培った消費者向けブランドの延長線上に携帯電話事業を位置づけた。2008年7月にはAppleとの提携により国内でiPhone 3Gの独占販売を開始し、スマートフォン市場における先行者利益を確保した。
携帯電話事業はソフトバンクグループにとって最大の安定収益事業へと成長した。ADSL事業と同様に先行投資で顧客を獲得し、安定的なキャッシュフローを回収するモデルが携帯電話事業においても機能した。2018年12月には子会社ソフトバンク(旧ソフトバンクモバイル)が東証に株式上場を果たし、グループの収益基盤としての地位を確立した。