ADSLに新規参入(ブロードバンド)
ISDN主流の時代にADSLが台頭し、インターネット接続環境の転換期が到来
2000年前後、インターネットバブルによってインターネットは産業として注目を集めていたが、ユーザーの接続環境には課題が山積していた。当時のネット接続はISDNが主流であり、電話線を利用する方式は通信速度が遅く、利用料金も高額であった。画像の表示に相応の時間がかかる状態であり、インターネットの普及が接続環境の制約によって阻まれていた。
こうした中、新たな接続技術としてADSLが台頭した。アナログ回線の高周波帯域を活用してインターネットに接続する技術であり、ISDNと比較して通信速度を大幅に向上させることが可能であった。ADSLは光ファイバーが全国に敷設されるまでの過渡的な技術として位置づけられたが、既存のアナログ電話回線をそのまま利用できるため、設備投資を抑えながら高速通信を実現できる利点があった。
2000年時点でのソフトバンクは、ネットバブル崩壊による保有株式の含み益の縮小に直面しており、新たな収益源の確保が経営課題であった。投資事業に依存する構造から脱却し、安定的なキャッシュフローを生み出す事業基盤の構築が必要とされていた。
Yahoo!BBブランドでADSL市場に参入し、莫大な先行投資でシェアを確保
2000年にソフトバンクはADSLへの参入を決議し、2001年6月にサービス開始を公表した。同年9月にはグループ内のYahooブランドを活用して「Yahoo!BB」の名称でADSLサービスの提供を開始した。当時のソフトバンクは消費者向け事業における知名度が限定的であり、すでに検索ポータルサイトとして認知されていたYahooのブランドを冠することで顧客獲得を図った。
販売促進には莫大な投資を実施した。街頭におけるモデムの無料配布(通称パラソル部隊)、テレビCMの集中放映、プロ野球球団の買収(ダイエーホークスの取得)による認知度向上、加入者への500円相当の金券配布など、多角的な販促手法を投入した。その結果、2002年度には売上高399億円に対して営業赤字962億円を計上し、売上の2倍を超える赤字を許容しながらシェア確保を優先する方針を徹底した。
この積極投資の方針は、先行投資によって市場シェアを確保し、一定の加入者数を超えた時点で損益分岐点を突破するモデルに基づいていた。孫正義氏は「百数十万ユーザーを獲得すれば損益分岐点を突破できる」と見込んでおり、赤字の拡大を許容するリスクテイクの裏付けとなっていた。
参入5年目で黒字転換を果たし、消費者事業における先行投資モデルを確立
2006年3月期にソフトバンクはブロードバンド・インフラ事業において206億円の営業利益を計上し、黒字転換を果たした。以後、2011年3月期までは年間260億円〜480億円の営業利益を安定的に確保し、先行投資の回収フェーズに入った。参入から約5年での黒字化であり、莫大な販促投資を経てADSL市場におけるシェアを確保した結果であった。
ADSL事業を通じてソフトバンクが確立したのは、先行投資によって販促費を集中投下しシェアを確保したうえで、数年後の黒字転換を目指す消費者事業の展開モデルであった。この事業手法は、2010年代前半の携帯電話キャリア事業における積極的な顧客獲得施策、2010年代後半の決済事業(PayPay)における大規模キャッシュバックキャンペーンへと継承された。
なお、ADSLは過渡的技術であり、光ファイバーの全国展開に伴って役割を終えた。Yahoo!BBのADSLサービスは2024年3月に提供を終了している。ソフトバンクにとってADSL事業は、技術そのものよりも消費者市場への参入手法とブランド構築の経験を蓄積する機会であった。