米で展示場事業を買収・ベンチャー企業の情報収集へ
株式公開を転機にソフトウェア流通業から投資事業への転換を志向した構造変化
1994年の株式公開を契機に、ソフトバンクは「企業買収」と「ベンチャー企業への株式投資」を経営の中心に据える方針を明確化した。1981年の創業から約13年間はソフトウェアの流通・出版が主力事業であったが、1994年以降はIT領域における有望企業の株式取得を積極化し、投資事業が実質的な本業へと移行した。
その背景には、1995年前後に米国でインターネットが急速に普及し、YahooやAmazonといったベンチャー企業が相次いで設立された市場環境があった。孫正義氏はインターネット関連企業の成長性にいち早く着目し、シリコンバレーにおけるベンチャー企業の発掘を経営課題と位置づけた。しかし、日本からシリコンバレーの有望企業を発掘するには情報の非対称性が障壁となっていた。
1995年から1996年にかけてソフトバンクは社債調達によって2100億円超の現金を確保し、これを買収資金に充当した。売上高を超える有利子負債を抱える財務構造のもと、投資先の選定が経営成績を左右する状態となった。
Ziff-Davisとコムデックスをベンチャー情報収集の拠点として段階的に買収
1994年12月にソフトバンクは米Ziff-Davisの展示場子会社を約200億円で買収した。さらに1995年4月にはラスベガスで展示場サービスを運営するコムデックス社を約749億円で取得し、1996年2月にはZiff-Davis Publishingを約1800億円で買収した。合計の買収額はおよそ21億ドル(約2700億円)に達した。
Ziff-Davis社は「PC Magazine」をはじめとするコンピュータ関連雑誌の米国大手であり、1995年12月期時点で売上高820億円・EBITDA155億円を計上する高収益企業であった。しかし、ソフトバンクにとっての買収目的は、Ziff-Davisの営業利益の獲得よりも、展示場と出版事業に集積するベンチャー企業の情報にあった。コンピュータ雑誌の出版社には新興企業からの広告出稿や取材依頼が集まり、展示場事業には出展者としてベンチャー企業が参加するため、両事業は有望企業を発掘するための情報基盤として機能した。
買収スキームにおいては、ソフトバンク(SBH)と孫正義氏の個人会社「有限会社エムエムシー(MAC)」の共同買収という形式をとった。MACが3億ドルでZiff-Davisの不採算事業を引き受け、SBHが18億ドルで優良事業を取得する方式であった。MACの大株主は孫興産(孫正義氏の資産管理会社)であり、個人会社を通じたスキームについては利益相反の観点から批判も生じた。
買収リターンはZiff-Davisの収益ではなくベンチャー投資の成果に依存する構造
Ziff-Davisとコムデックスの買収によって、ソフトバンクは米国のIT業界における情報ネットワークを獲得した。この情報基盤を通じて、1995年にはYahooの存在を発掘し、同年11月に米Yahoo株式5%を2億円で取得するに至った。すなわち、Ziff-Davisの買収リターンは同社の営業利益よりも、情報収集を起点としたベンチャー投資の成否に依存する構造であった。
しかし、Ziff-Davis本体の事業環境は2000年前後に急変した。インターネットの普及に伴いコンピュータ雑誌の広告収入が縮小し、2000年4月にはZiff-Davisの出版部門を売却するに至った。結果として、約21億ドルを投じた買収のうち、出版・展示場事業からの投資回収は限定的であった。
ソフトバンクの一連の買収は、買収対象企業の事業価値よりも、そこから派生する情報とネットワークに投資するという独自の論理に基づいていた。この構造は、のちのソフトバンク・ビジョン・ファンドにおけるベンチャー投資の先駆けであり、ソフトバンクが「事業運営」ではなく「投資先の発掘と成長」に経営資源を集中させる方向性を決定づけた。