ソフトバンクと米Yahoo!の合弁から現在まで
1996年1月、インターネット上の情報検索サービスを日本で提供することを目的に、東京都中央区日本橋浜町でヤフー株式会社が設立された[1]。出資比率はソフトバンクが60%、米Yahooが40%[2]で、設立時に取締役として加わったソフトバンク出身の井上雅博氏が同年7月に代表取締役社長へ就任した[3]。同年4月には日本語での情報検索サービス『Yahoo! JAPAN』を開始し[4]、1997年11月には店頭登録銘柄として株式を公開した[5]。
1日あたりのページビューは1997年7月に500万、2000年7月に1億へ達した[6]。
1999年9月、ヤフーは『Yahoo!ショッピング』と『Yahoo!オークション』を同じ月に開始した[7]。総合モール型のショッピングでは、井上雅博社長が集客力も絶対日本一でなければならないと述べ、オフィスには『打倒楽天』の垂れ幕が掲げられた[8]。それでも二事業を同時に立ち上げた時期の単体売上高は、1999年3月期の19.14億円から2000年3月期に56.95億円、2001年3月期に130億円へ伸びた[9]。
2000年末には出品数で競合を30倍から70倍引き離し[10]、利用者数と落札金額でも他社を上回った。2001年5月にはサービスの安全性確保を目的として、本人確認と補償制度の提供を骨子とした有料化を始めた[11]。2002年4月には出品システム利用料の課金も始まり[12]、連結売上高は2002年3月期の314億円から2003年3月期に590億円へ伸びた[13]。
2000年から2001年にかけてのネット不況で、主力のインターネット広告による収入は急激に落ち込んだ[14]。親会社ソフトバンクの孫社長は2002年1月の中期経営計画説明会で、ソフトバンクがブロードバンドのナンバーワン企業になると宣言した[15]。増資や社債発行が事実上難しくなったソフトバンクにとって、巨額の営業キャッシュフローを稼げる可能性がある新サービスはYahoo! BBだけだ[16]と見られていた。2001年9月にブロードバンド関連の総合サービス『Yahoo! BB』の商用サービスが始まり[17]、通信インフラはグループ各社が出資するBBテクノロジーが担い、中核会社のヤフーがサービスを提供した[18]。
ヤフーはソフトバンクが仕入れたモデムをスターターキットに仕立て、加入申込者を付けてBBテクノロジーへ卸し、1台ごとにマージンを取った[19]。井上雅博社長は接続の保証を理由に他社モデムを認定せず、自社が用意したモデムを使ってもらう方針を明言した[20]。無条件にマージンが落ちる構造をヤフーの株価維持対策ではないかと指摘する向き[21]に対し、孫社長は、ヤフーがコストをかけて利用客を獲得している以上マージンは安いくらいだと反論した[22]。2002年4月にはモデム販売から加入者獲得インセンティブ等のモデルへ切り替え[23]、連結売上高は2005年3月期に1177億円、営業利益は601億円へ拡大した[24]。
2003年1月に国内初の個人間クレジットカード支払いサービス『Yahoo!ペイメント』を[25]、同年7月には有料会員制サービス『Yahoo!プレミアム』を開始した[26]。2003年10月、ヤフーは東京証券取引所市場第一部へ上場した[27]。
2004年7月には東京都主税局とともに全国で初めての『インターネット公売』を実施した[28]。2006年3月にはソフトバンクと携帯電話事業に関する業務提携で合意し[29]、2007年4月には『Yahoo! JAPAN研究所』を設立した[30]。2006年3月期の連結では、広告事業が売上高683億円・営業利益372億円、オークションや有料会員を含むパーソナルサービス事業が売上高610億円・営業利益379億円を稼いだ[31]。
連結の営業利益は2009年3月期に1346億円、2011年3月期には1596億円へ積み上がった[32]。
2010年7月、ヤフーは『Yahoo! JAPAN』の検索サービスでグーグルの検索エンジンと検索連動型広告配信システムを採用し[33]、あわせてグーグルへのデータ提供を決めた。
2000年9月、ヤフーは携帯端末へのインターネットサービス拡充のためピー・アイ・エム株式会社を吸収合併し[34]、その子会社だった電脳隊を傘下へ収めた。2012年4月の経営陣刷新では、川邊氏がCOO、村上臣氏がチーフモバイルオフィサーに就いた[35]。
井上雅博社長の在任は1996年7月から2012年6月までの約16年に及んだ[36]。連結売上高は2009年3月期の2657億円から2012年3月期の3020億円まで3年で14%の増加[37]にとどまり、成長の角度は緩んだ。
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|---|---|---|---|---|
| 1996〜2003年米国から借りたブランドで始めたポータルと、集客を換金する二つの実験 | ヤフーを設立 | ★ | ||
| 検索サービスYahoo! Japanのサービス開始 | ★ | |||
| 井上雅博 | 株式を店頭登録 | ★ | ||
| 井上雅博 | ヤフーのYahoo!ショッピング・Yahoo!オークション同時展開と分かれたECの明暗 1999年9月、ヤフーが1日1億PV規模の集客力を土台に、総合モール型の『Yahoo!ショッピング』と個人間取引の『Yahoo!オークション』を同時に立ち上げた経営判断。オークションはネットワーク効果で寡占に近い地位を築いた一方、ショッピングは楽天やAmazonに品揃えで劣後し、二事業は対照的な軌跡をたどった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 井上雅博 | ピーアイエム(電脳隊)を吸収合併 | ★ | ||
| 井上雅博 | 「Yahoo!オークション」で本人確認と補償制度を有料化 | ★ | ||
| 井上雅博 | ヤフーのYahoo! BB参入とモデム販売収入への傾斜 2001年、ソフトバンクがブロードバンドの旗艦として始めたADSLサービス『Yahoo! BB』で、ヤフーが『サービスを提供する中核会社』として参画し、モデム(スターターキット)の販売収入を自社の損益に取り込んだ経営判断。広告収入が急落するネットバブル崩壊のさなか、低採算のハード販売がヤフーの売上を下支えした。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 井上雅博 | 国内初の個人間クレジット決済「Yahoo!ペイメント」を開始 | ★ | ||
| 井上雅博 | 有料会員制サービス「Yahoo!プレミアム」を開始 | ★ | ||
| 井上雅博 | 東京証券取引所第1部に株式上場 | ★ | ||
| 2004〜2011年1日10億ページビューの換金装置と、PCに最適化しすぎた16年 | 井上雅博 | 東京都主税局と全国初の「インターネット公売」を実施 | ★ | |
| 井上雅博 | ソフトバンクと携帯電話事業で業務提携に合意 | ★ | ||
| 井上雅博 | 3期連続で売上成長が低迷 | ★ | ||
| 井上雅博 | GyaOの株式を取得 | ★ | ||
| 井上雅博 | 検索エンジンをGoogleに変更 | ★★ | ||
| 2012〜2019年爆速経営による選択と集中から、外部の強いサービスを資本で束ねる経営へ | 井上雅博 | ヤフーの「爆速経営」への転換と宮坂体制の発足 2012年、PCポータルと広告で国内ネット最大手を築いたヤフーが、スマートフォンへの移行に後れて成長が鈍化するなか、井上雅博社長の16年に及ぶ長期政権を終え、内部昇格の宮坂学氏(当時44歳)を社長CEOに据えて『爆速経営』を掲げた経営判断。稟議の簡素化と権限委譲で意思決定を速め、約150あったサービスを競争力のある20ほどへ絞り込む選択と集中を断行した。 詳細を読む | ★★★ | |
| 宮坂学 | バリューコマースを子会社化し「LOHACO」を開始 | ★ | ||
| 宮坂学 | ヤフーの「eコマース革命」——出店料無料化による収益構造転換 2013年10月、楽天・Amazonに長年劣後してきたYahoo!ショッピングを立て直すため、ヤフーが『eコマース革命』を掲げ、月額出店料と売上ロイヤルティをともに無料化した経営判断。出店の固定費と変動費を撤廃して出店障壁を取り払い、店舗数と流通規模を極大化する代わりに、モール内の広告で稼ぐモデルへ収益源そのものを組み替えた。宮坂学社長のもとで小澤隆生氏が指揮を執り、出店数は約2万店から約8万店規模へ膨らんだ。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 宮坂学 | ヤフーによるアスクル連結子会社化と親子上場ガバナンス 2015年5月、ヤフーは持分法適用会社だったアスクルへの出資を積み増し、議決権約45%を握る筆頭株主としてアスクルをIFRS上の連結子会社に組み入れた経営判断。集客と決済の基盤を持ちながら自前の物流を欠くヤフーが、アスクルの全国物流網と日用品EC『LOHACO』を取り込み、アマゾン型の物販に対抗しようとした一手であった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 宮坂学 | 一休を買収 | ★ | ||
| 川邊健太郎 | PayPayを合弁設立。決済に注力 | ★★ | ||
| 川邊健太郎 | 筆頭株主がソフトバンクに異動 | ★★ | ||
| 川邊健太郎 | ヤフーのZホールディングス改称とLINEとの経営統合 2019年、ヤフー株式会社が商号をZホールディングスへ改め、コミュニケーションアプリで国内最大級の利用者を抱えるLINEとの経営統合を発表した経営判断。傘下のPayPayとLINEペイが大規模な還元を競い合い、両社ともに巨額の赤字を出していた消耗戦を止め、決済・広告・電子商取引を一体で再設計するための、競合同士による防衛的な再編であった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 川邊健太郎 | ヤフー(Zホールディングス)によるZOZO買収と親子上場 2019年、自社のEC事業が伸び悩んでいたヤフー(同年10月にZホールディングスへ商号変更)が、アパレルEC『ZOZOTOWN』を運営するZOZOの株式50.1%を約4007億円で取得し、連結子会社とした経営判断。取引の発端は事業シナジーよりも、創業者・前澤友作氏が抱えた個人的な株式処分の必要にあった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 2020〜2026年決済の消耗戦を止めたLINE統合と、借り物の構造が招いた統治の代償 | 川邊健太郎 | LINEが証券取引所から上場廃止 | ★★ | |
| 川邊健太郎 | 筆頭株主がAHDに異動 | ★★ | ||
| 川邊健太郎 | ZHDとLINEの経営統合が完了 | ★★★ | ||
| 川邊健太郎 | 出前館の株式を追加取得(取得後41.99%) | ★ | ||
| 川邊健太郎 | 業績不振による経営体制の変更 | ★★ | ||
| 川邊健太郎 | PayPayを子会社化 | ★★ | ||
| 出澤剛 | Zホールディングス・ヤフー・LINEのグループ再編とLINEヤフー発足(2023年成立) 2021年のヤフー×LINE経営統合を経て、2023年10月1日にZホールディングス・ヤフー・LINEなどグループ5社を一つの会社にまとめ直し『LINEヤフー』が発足した案件。存続会社はZHDで、グループの意思決定を一本化する狙いがあった。 詳細を読む | ★★★ |
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事実根拠:出所(LINEヤフー)