株式会社ZOZOの株式50.1%を取得
創業者退任と資本問題
株式会社ZOZOは1998年に前澤友作氏が創業し、アパレルEC「ZOZOTOWN」を軸に急成長を遂げた。2007年に東証マザーズへ上場後、時価総額は数千億円規模へ拡大し、日本を代表するファッションEC企業へと成長した。しかし2019年に入ると売上成長が鈍化し、プライベートブランド戦略への批判も重なり、経営の転換点を迎えていた。 同時期、前澤氏は宇宙渡航や高額美術品購入など個人的活動を優先する姿勢を示し、「人生の再スタート」を理由に退任を決意する。さらに保有株式の相当部分を金融機関へ担保提供していたことが明らかとなり、大量保有株式の処分方法が市場の関心事となった。創業者の持株比率は依然として高く、経営と資本の分離が不可避な状況にあった。 数千億円規模の株式を引き受けられる企業は限られていた。前澤氏はソフトバンク創業者・孫正義氏へ相談し、このルートを通じてヤフー(当時)の川邊社長との面会が実現する。こうしてZOZO株式の受け皿としてヤフーが浮上し、創業者の退任と同時に経営権移行を伴う資本再編が現実味を帯びていった。
50.1%取得と上場維持
2019年9月、ヤフー(Zホールディングス)はZOZO株式に対する公開買い付けを表明した。取得比率は50.1%とし、連結子会社化を前提とする決断であった。買収価格は総額約4007億円に及び、金融機関からの短期借入約4000億円を通じて資金を確保した。ソフトバンクグループの戦略投資の一環という性格も強い取引であった。 取得比率を過半に設定したのは、関連会社ではなく連結子会社とすることで、ZOZOの売上をグループ業績へ直接取り込む意図があったと推察される。自社ECが伸び悩む中、強いアパレル特化型モールを傘下に収めることで、EC流通総額の拡大を図る狙いが明確であった。 一方でZOZOは上場を維持し、親子上場の形態を選択した。ソフトバンク→Zホールディングス→ZOZOという支配構造を許容し、コングロマリット型のグループ体制を志向した判断である。完全子会社化ではなく上場維持を選んだことは、資本市場との関係や少数株主対応を含め、今後のガバナンス課題を内包する構造でもあった。
PMIと戦略転換
公開買付けと同時に前澤氏は退任し、取締役であった澤田宏太郎氏が社長に就任した。ヤフーはアスクルでの統合摩擦を教訓に、外部からの全面介入ではなく、内部出身者による経営継続を選択した。PMIでは独立性を一定程度尊重しつつ、グループ戦略との整合を図る体制を構築した。 澤田体制では「モア・ファッション」「ファッションテック」を掲げ、アパレル領域への集中を明確化した。前体制で進めていたプライベートブランド事業を終了し、離反していたブランドの復帰を促すなど、モールとしての信頼回復を優先した。技術投資と出店基盤の再構築を軸に、収益体質の立て直しを進めた。 結果としてZOZOはZホールディングスのEC戦略の中核を担う存在となり、ショッピング事業の補完役を果たす構図が形成された。ただし親子上場を維持したこと、巨額借入による買収であったことから、資本効率とガバナンスの両立は継続的な経営課題として残ることとなった。