ピーアイエム株式会社(電脳隊)を吸収合併
モバイル元年の到来
1999年2月、NTTドコモがiモードを開始し、2000年3月末には契約数560万件を突破した。携帯電話でインターネットを閲覧できる仕組みは、従来のPC中心のネット利用を一変させ、モバイルインターネットという新市場の可能性を示した。通信キャリア主導の公式サイトモデルが形成され、若年層を中心に携帯経由の情報接触が急増していた。 当時のヤフーはPC向けポータルで圧倒的なPVを誇っていたが、携帯領域では明確な勝ち筋を持っていなかった。通信事業者が主導権を握る構造の中で、ポータル企業がどのように存在感を示すかは不透明であり、外部のモバイル特化ベンチャーとの連携や取り込みが有力な選択肢となっていた。
学生ベンチャーを吸収
2000年9月、ヤフーはピー・アイ・エム株式会社を吸収合併した。合併比率はヤフー対PIMが1.00対0.056で、PIMの評価額は約50億円とされた。当時としては学生発ベンチャーに対する大型評価であり、市場からも注目を集めた。モバイル分野への本格参入を見据えた先行投資の色彩が強かった。 PIMは携帯向けコンテンツサービス「Dosule!」を展開し、短期間で3万人のユーザーを獲得していた。ヤフーの佐藤完氏らが将来性を評価し、組織ごと取り込む形で合併を決断した。川邊健太郎氏や村上臣氏ら若手人材もヤフーに移籍し、モバイル戦略の中核候補として期待を集めた。
事業は失速、人材は残存
しかし、モバイル市場ではNTTドコモやKDDIなどキャリアが主導権を握り、ヤフーは明確なポジションを築けなかった。Dosule!は方向性を見出せず終了し、PIMの事業としては成果を上げられなかった。合併直後は社内での役割が曖昧となり、実質的な停滞期を迎えたとされる。 それでも人材はヤフーに残り、2012年に宮坂学氏が社長に就任すると、川邊氏や村上氏が経営中枢に登用された。結果として、PIM出身者が2010年代のヤフー改革を担う体制が形成された。モバイル志向という発想自体は先見的であり、時間差で組織の方向性に影響を及ぼした。