重要な意思決定
19964月

検索サービスYahoo! Japanのサービス開始

背景

日本語検索の立ち上げ

1996年4月、ヤフー株式会社は日本語によるディレクトリ型検索サービス「Yahoo! Japan」の提供を開始した。当時のインターネットは黎明期にあり、日本語サイトの体系的な整理は進んでいなかった。検索エンジンも未成熟であり、利用者は目的の情報に到達する手段を持たない状況にあった。 ディレクトリ型検索を実現するためには、日本語サイトを人力で分類・登録する必要があった。ヤフーはインディゴ社に作業を委託し、学生アルバイトを動員して登録作業を実施。リリース直前まで手作業で整備を進め、日本語検索基盤を構築した。

決断

PV最大化と広告モデル

サービス開始後、ヤフーは検索に加えてニュースや天気情報をアライアンスにより拡充し、日常的に訪問されるポータルへの転換を図った。検索単体ではなく、毎日閲覧されるコンテンツを束ねることで、アクセス数を安定的に増加させる方針を採用した。 収益源は広告と定め、PVを最大化する経営指標を明確化した。広告単価は1PVあたり約0.7円とされ、表示回数保証型の商品や長期掲載割引商品を投入。アクセスを増やし、広告枠を販売するというシンプルなモデルを徹底した。

結果

圧倒的PVの確保

検索と生活情報コンテンツの統合により、Yahoo! Japanは急速に利用者を拡大した。1997年には1日500万PVを達成し、2000年には1億PVに到達するなど、日本最大級のポータルへ成長した。寡占的なポジションを確立し、価格決定力を持つ媒体へと進化した。 その結果、広告事業は高収益構造を実現し、2002年3月期には広告売上122億円、営業利益93億円を計上するに至った。日本語検索の立ち上げとPV重視戦略は、ヤフーの収益基盤を形成する決定的な転換点となった。