爆速経営を宣言
PC偏重からの停滞
1996年に社長へ就任した井上雅博氏は、ポータルと広告を軸にヤフーを国内トップ企業へ押し上げた。しかし2009年以降、スマートフォンの急速な普及に対して十分な対応ができず、成長は鈍化した。特にモバイル分野では後発となり、広告単価の低下や新興企業の台頭が重なり、売上は伸び悩んだ。 2008年度から2011年度にかけて売上成長は低迷し、かつての高収益企業の勢いは薄れた。大株主であるソフトバンクの孫正義氏は、既存体制ではスマホ時代に適応できないと判断し、社長交代と執行体制の刷新を決断した。経営の連続性よりも変革の速度が優先された局面であった。 井上氏は16年間にわたり社長を務めたが、モバイル戦略の遅れは否めなかった。孫氏は経営責任の所在を明確にし、新世代へのバトンタッチを選択する。ヤフーは創業以来初めて、本格的な世代交代と戦略転換に直面することとなった。
若返りと爆速標榜
2012年4月、孫正義氏の指名により宮坂学氏(当時44歳)がCEOに就任した。井上氏は6月の株主総会をもって完全退任し、経営の主導権は新体制へ移行した。宮坂氏は1997年入社で、オークションやニュースなど収益事業を手掛けてきた実務派であり、内部昇格による大胆な刷新であった。 同時に執行役員体制も総入れ替えに近い刷新が行われた。再任はごく少数にとどまり、「スマホが好きな人」を基準とした若手中心の布陣が組成された。川邊健太郎氏や村上臣氏らモバイル志向の人材が中枢に配置され、意思決定の重心が一気に移動した。 宮坂氏は就任直後から「爆速経営」を掲げ、稟議や承認プロセスの簡素化を断行した。約5000人規模に膨張した組織にスピードを取り戻すことが狙いであり、権限委譲と迅速な実行を徹底する文化への転換を図った。標語はメディアを通じて広まり、社内外に改革の象徴として認識された。
選択集中と再配分
改革の柱は「強いサービスへの集中投資」であった。2012年時点で約150存在したサービスのうち競争力のあるものは20程度に限られると整理し、責任者に強い人事権を付与して人員を再配置した。弱いサービスは縮小や提携により整理し、経営資源をスマホ向け主力事業へ振り向けた。 ショッピングやポイント領域では自前主義を見直し、2012年6月にCCCと資本業務提携を締結しTポイントとの連携を進めた。またアスクルと提携し物流機能を補完するなど、外部資源を活用する方向へ転換した。自社単独での全面展開から、連携前提の再構築へ舵を切った。 爆速経営は単なる掛け声にとどまらず、組織文化と資源配分の変更を伴った。以後、ヤフーはスマホ対応サービスの拡充を加速し、広告・EC・決済を横断する再成長戦略を展開する基盤を整えた。経営世代交代が戦略転換と結び付いた転換点であった。