子会社の品質データ改ざんの発覚と公表——「改ざんドミノ」の一角

神戸製鋼に続く素材不正の連鎖のなか、竹内章社長は傍流子会社の改ざんをどう扱ったか

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時期 2017年11月
意思決定者 竹内章 社長
論点 グループ子会社の品質保証と内部統制
概要
2017年11月から12月にかけて、三菱マテリアルは子会社の三菱電線工業・三菱伸銅・三菱アルミニウムなどで、顧客と取り決めた規格値に合致するよう製品の検査データを改ざんし出荷していた事実を相次いで公表した。神戸製鋼所を発端に日本の製造業へ広がった「改ざんドミノ」の一角をなす不祥事であり、東レ子会社の改ざんもほぼ同時期に発覚した。
背景
三菱金属と三菱鉱業セメントの合併以来、三菱マテリアルは精錬・セメント・加工を軸に事業を広げ、連結子会社は国内外に約120社を数えるまでに膨らんでいた。傍流の子会社まで本社の目が届きにくい構造のうえに、規格を満たさない製品を顧客の了解なく出荷する「特採」まがいの慣行が積み重なっていた。
内容
三菱電線では2015年4月からの約2年半で、顧客229社向けにシール材約2.7億個(約68億円分)の改ざんがあり、しかも把握後も約8カ月にわたり不正の疑いのある製品を出荷し続けていた。竹内章社長は当初「詳細は報告書が出た後」と繰り返す受け身の対応に終始した。
含意
2018年の最終報告書で不正は本体や複数子会社に及ぶことが判明し、竹内社長は同年6月に引責辞任した。その後の指名委員会等設置会社への移行と事業ポートフォリオの絞り込みは、この品質不正を直接の契機としている。傍流に膨らんだグループを管理しきれなかった構造の帰結であった。
筆者の見解

傍流に沈んだ改ざんが問うたもの

この不祥事の中心にあるのは、規模を追って足し算で広げたグループの、末端に沈んだ品質の緩みであった。連結売上高1.5兆円に迫る本体からみれば、売上高300億円の子会社は小さな存在にすぎない。しかし、顧客が対価を払っていたのは日本企業の信頼性そのものであり、その根が傍流で腐っていたことが露呈したとき、規模の大きさはむしろ管理の届かなさの裏返しとして立ち現れた。改ざんを把握してなお8カ月出荷を続けた鈍さは、傍流を傍流として扱ってきた経営の距離感を映していたとみることができる。

もっとも、危機がその後の絞り込みを促した点には、皮肉な構図もうかがえる。品質不正がなければ、肥大化したポートフォリオの見直しはこれほど早くは動かなかったかもしれない。トップ交代とガバナンス改革を経て、三菱マテリアルは総合素材という自己定義そのものを問い直す方向へ動いた。不祥事が改革の引き金になるという逆説は、傍流をどこまで自らの一部として引き受けるかという、多角化した企業に共通の問いを残しているといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

約120社に膨らんだグループと傍流の死角

三菱マテリアルは1990年に三菱金属と三菱鉱業セメントが合併して発足し、精錬・セメント・加工を三本柱とする総合素材メーカーとして事業を広げてきた。合併前の両社が持ち寄った事業群のうえに新規投資を積み重ねた結果、連結子会社は国内外に約120社を数え、連結売上高は1.5兆円に迫っていた。規模は市況変動への耐性を高める一方で、傍流の子会社まで本社の目が行き届きにくい構造をつくり出していた[1]

改ざんの舞台となった子会社は、いずれもグループの中では小さな存在であった。三菱電線工業は2010年に完全子会社となった航空機・自動車・電力機器向けシール材のメーカーで、売上高は約300億円にとどまる。経営学者からは、規模を追って足し算で膨らんだ日本企業では、傍流の子会社に目が届かず、負け組の事業を温存してきた判断に問題があったのではないか、との指摘も出ていた。事業分散のひずみが品質管理の現場に沈殿していた[2]

神戸製鋼に始まる「改ざんドミノ」

2017年秋、素材業界では品質データ改ざんの発覚が連鎖していた。10月にアルミ・銅製品の性能データを改ざんしていた神戸製鋼所の問題が明るみに出ると、その波は非鉄・化学へと広がり、三菱マテリアルと、経団連会長の出身企業である東レでも改ざんが判明した。規格に満たなくとも安全上は問題ないとして出荷する「特採」の慣行と、激しさを増す受注競争が、素材各社の品質データに対する感度を鈍らせていたとみられる[3]

決断

相次ぐ子会社不正の公表

2017年11月から12月にかけて、三菱マテリアルは複数の子会社で品質データの改ざんがあった事実を相次いで公表した。三菱電線工業は航空機・自動車・電力機器向けのシール材で、三菱伸銅は車載部品や電子機器向けの銅製品で、三菱アルミニウムでも改ざんが行われていた。とりわけ三菱電線では、2015年4月からの約2年半に顧客229社へ出荷したシール材約2.7億個(約68億円分)に不適合の可能性があり、取引先の多さと数量の大きさが際立っていた[4]

深刻さを増したのは、改ざんを把握したのちも約8カ月にわたって不正の疑いのある製品を出荷し続けていた点である。神戸製鋼に端を発した業界的な精査のなかで、三菱マテリアルは公表へと踏み切らざるをえなかったが、把握から公表までの遅れは、法令順守を後回しにした対応の鈍さとして受け止められた。傍流の一子会社の問題にとどまらず、グループの内部統制そのものへの疑念を呼び込む結果となった[5]

「詳細は報告書が出た後」——受け身の会見

2017年11月24日の会見で、竹内章社長は「現在、弁護士を入れて調査中。詳細はその報告を待ってお話ししたい」と繰り返した。渦中の全容を自ら語るよりも、調査結果を待つことに終始した会見であった。同時期に発覚した東レも、当初は外部に公表するつもりはなかったところ、週刊誌報道を前に自主公表へ切り替えたとされ、素材各社の対応にはいずれも受け身の色が濃かった[6]

背景には、規格値との差がわずかで安全上の異常ではない、という現場の勝手な解釈があった。本来「特採」は顧客の承認を得るのが大前提でありながら、その手続きの繁雑さから逃れるためにデータそのものが書き換えられていた。消耗品であれば不具合が生じても交換すれば済む、という業界の緩みも、改ざんを長く見過ごす土壌となっていたとみられる。品質という信頼の根幹が、受注競争と現場の裁量のあいだで痩せ細っていた[7]

結果

本体への波及と社長引責辞任

弁護士による調査が進むにつれ、不正は当初公表された子会社の枠を越えて広がった。2018年の最終報告書では、改ざんは三菱電線工業・三菱伸銅・三菱アルミニウム・立花金属工業といった子会社に加え、三菱マテリアル本体でも確認された。傍流の子会社に限った問題ではなく、グループ全体に品質軽視の悪弊が根を張っていたことが明らかになり、企業統治の欠陥として厳しく問われることとなった[8]

2018年6月、竹内章社長は一連の品質問題の経営責任をより明確にするためとして引責辞任し、代表権を持たない取締役会長に退いた。後任には小野直樹副社長が昇格した。素材業界の「改ざんドミノ」のなかで、トップ交代によって経営責任を示さざるをえないところまで、三菱マテリアルは追い込まれていた。公表から半年余りで、問題は一子会社の不祥事から経営体制の刷新へと発展した[9]

ガバナンス改革と事業絞り込みへの転換

品質不正は、経営の立て直しを一連の制度改革へと押し進めた。2019年6月、三菱マテリアルは指名委員会等設置会社へ移行し、社外取締役を中心に経営の監督機能を強化する体制へ転換した。約120社から後年には約200社規模まで膨らんだグループを経営陣が管理統制しきれなかった、という反省が、内部統制の立て直しに多大な経営資源を割く出発点となった[10]

不正はさらに、事業構成そのものの見直しを不可避の経営課題へ押し上げた。約200社に膨張したグループを俯瞰しきれなかったという認識のもとで、総合素材メーカーという自己定義を維持したままの改革では根本解決に至らないという声が社内で強まった。2020年3月期に策定された中期経営戦略は、焼結部品・銅管・セメント・アルミといった事業を縮小対象とし、超硬工具への集中を打ち出す事業ポートフォリオの入れ替えへとつながった[11]

出典・参考