- 創業
- 岩崎彌太郎氏の三菱商会が1873年に吉岡鉱山を買収して鉱山業に入り、1918年に鉱業部門が三菱鉱業として独立した。1950年に金属部門が太平鉱業として分離し、羽仁路之氏が初代社長に就く。1990年の三菱鉱業セメントとの合併では相手側の藤村正哉氏が社長に立った。岩崎家からの社長は一人も出ていない。
- 登用
- 直近20年の社長は井手明彦氏・矢尾宏氏・竹内章氏・小野直樹氏・田中徹也氏の5人で、全員が新卒入社の生え抜きである。1950年の分離以来14人を通じて、外部から招いた社長は1人もいない。入社から就任までは38年から41年に収まり、直前の職は総務・法務の管理部門と事業カンパニーの長に分かれる。
- 任期
- 10年を超える長期政権は一度もない。最長は国内鉱山の段階的閉鎖を進めた稲井好広氏の約9年、次いで合併を決めた永野健氏の8年半である。直近3代は竹内章氏が3年3か月、小野直樹氏が6年9か月、田中徹也氏が2025年4月から在任中で、平常時は6年前後で渡している。
- 含意
- 矢尾宏氏は代表権のある会長として3年、品質不正で引責した竹内章氏は代表権のない会長兼取締役会議長として6年9か月、社長退任後も取締役会に残った。議長が社外の佐々木一郎氏へ移ったのは2026年6月である。前の社長が隣に座る構図は、ごく最近まで残っていたと言えよう。
1950〜1954年・5年/生え抜き
1955〜1958年・4年/生え抜き
1959〜1965年・7年/生え抜き
1966〜1971年・6年/生え抜き
1972〜1980年・9年/生え抜き
1981〜1989年・9年/生え抜き
1990〜1992年・3年/生え抜き
1993〜1998年・6年/生え抜き
1999〜2002年・4年/生え抜き
2003〜2008年・6年/生え抜き
2009〜2013年・5年/生え抜き
2014〜2016年・3年/生え抜き
2017〜2023年・7年/生え抜き
田中徹也現任
2024年〜現在・3年/生え抜き
田中徹也
たなか てつや
生え抜き(1986年入社)。加工事業カンパニープレジデント、CSuOを経て執行役社長CEOへ
小野直樹
おの なおき
生え抜き(1979年入社)。三菱鉱業セメントに入社し、副社長・経営戦略本部長を経て社長へ
竹内章
たけうち あきら
生え抜き(1977年入社)。取締役副社長を経て社長、品質不正の責任を取って2018年6月に辞任
矢尾宏
やお ひろし
生え抜き(1969年入社)。三菱金属鉱業に入社し、三菱マテリアルの社長へ
井手明彦
いで あきひこ
生え抜き(1965年入社)。2002年に取締役副社長、2004年に社長へ
西川章
にしかわ あきら
生え抜き(1959年入社)。取締役中央研究所長を経て合弁会社の日本アエロジル社長に転じ、そこでの実績を買われて本体の社長へ
秋元勇巳
あきもと ゆうみ
生え抜き(1954年入社)。原子力畑を歩み、副社長を経て社長へ
藤村正哉
ふじむら まさや
生え抜き(1948年入社)。三菱鉱業セメント社長として1990年の合併に臨み、三菱マテリアルの初代社長へ
永野健
ながの たけし
生え抜き(1945年入社)。副社長を経て社長、1990年の合併では三菱マテリアルの初代会長へ
稲井好広
いない よしひろ
生え抜き(1938年入社)。1973年の三菱金属への商号変更をはさんで9年間社長を務めた
相京光雄
あいきょう みつお
生え抜き(1932年入社)。社長退任後は三菱鉱業セメントの会長へ
山県四郎
やまがた しろう
生え抜き(1927年入社)。三菱鉱業に入り、金属部門を継いだ三菱金属鉱業の社長へ
古村誠一
こむら せいいち
生え抜き。三菱鉱業小樽支店長などを経て1950年に副社長、1956年に社長へ
羽仁路之
はに みちゆき
生え抜き(1917年入社)。三菱鉱業の社長から、金属部門の分離で発足した太平鉱業の初代社長へ