住友金属鉱山 の歴代社長

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2000年2010年2020年2026年

福島孝一退任

2000年社長就任

代表取締役社長

家守伸正退任

2007年社長就任

2004年執行役員2006年取締役代表取締役取締役社長社長(執行役員)

中里佳明退任

2013年社長就任

2005年執行役員2006年取締役取締役社長

野崎明退任

2018年社長就任

2013年執行役員2014年取締役取締役社長

松本伸弘現任

2024年社長就任

2016年執行役員2019年取締役代表取締役社長
創業社長の関係
創業

住友家の銅業は業祖 蘇我理右衛門氏が1590年に京都で開いた銅製錬に遡り、1691年に別子銅山の稼行が始まる。236年におよぶ直営を経て1927年に住友別子鉱山として法人化され、いまの法人は1950年の金属部門分離で発足した。住友家から社長が出たことは一度もない。

社長登用の傾向
登用

11代すべてが生え抜きで、外部招聘もグループ他社からの転入も確認できない。直近5代はニッケルと銅の製錬を担う金属事業本部長か経営企画部長を通っており、入社から就任まで27年から37年かかる。技術系と事務系が数代ごとに入れ替わっている。

社長任期の傾向
任期

初代の田中外次氏が13年、菱刈の鉱区を手放すなと言い続けた藤崎章氏が10年と、独立直後の3代で33年を占める。1983年以降は5年から7年に定着し、直近も中里佳明氏が5年、野崎明氏が6年で会長へ退いた。60歳前後で就き65歳前後で送り出す運用と思われる。

いまの体制への含意
含意

最高経営責任者は社長で、会長は代表権を持つが執行からは外れ、取締役会の議長とガバナンス委員会の唯一の社内委員を務める。後継は社長が候補を推薦し、社外4名を含む5名の委員会の助言を経て社長が案を出す。取締役8名のうち社外は半数どまりである。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
田中外次(1949年就任)1949〜1962年1949年就任13年退任生え抜き代表取締役社長
河上健次郎(1962年就任)1962〜1972年1962年就任10年退任生え抜き代表取締役社長
藤崎章(1972年就任)1972〜1982年1972年就任10年退任生え抜き代表取締役社長
藤森正路(1982年就任)1982〜1987年1982年就任5年退任生え抜き代表取締役社長
篠崎昭彦(1987年就任)1987〜1994年1987年就任7年退任生え抜き代表取締役社長
青柳守城(1994年就任)1994〜2000年1994年就任6年退任生え抜き代表取締役社長
福島孝一(2000年就任)2000〜2007年2000年就任7年退任生え抜き代表取締役社長
家守伸正(2007年就任)2007〜2013年2007年就任6年退任生え抜き代表取締役取締役社長社長(執行役員)決断2011年シエラゴルダ鉱山を譲渡
中里佳明(2013年就任)2013〜2018年2013年就任5年退任生え抜き取締役社長
野崎明(2018年就任)2018〜2024年2018年就任6年退任生え抜き取締役社長
松本伸弘(2024年就任)2024年〜現任2024年就任3年現任生え抜き代表取締役社長1987年4月に入社した。2016年6月に執行役員となり、2018年6月には金属事業本部長を務めた。2019年6月に取締役、2020年6月に常務執行役員、2022年6月に専務執行役員へ進み、入社から37年で社長へ就任した。日刊工業新聞社の媒体は技術畑の出身と伝えている。
歴代社長の在任期間 全11代
1949年1960年1970年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

田中外次退任

1949年社長就任

代表取締役社長

河上健次郎退任

1962年社長就任

代表取締役社長

藤崎章退任

1972年社長就任

代表取締役社長

藤森正路退任

1982年社長就任

代表取締役社長

篠崎昭彦退任

1987年社長就任

代表取締役社長

青柳守城退任

1994年社長就任

代表取締役社長

福島孝一退任

2000年社長就任

1964年入社1993年取締役代表取締役社長

家守伸正退任

2007年社長就任

1980年入社2004年執行役員2006年取締役代表取締役取締役社長社長(執行役員)

中里佳明退任

2013年社長就任

1976年入社2005年執行役員2006年取締役取締役社長

野崎明退任

2018年社長就任

1984年入社2013年執行役員2014年取締役取締役社長

松本伸弘現任

2024年社長就任

1987年入社2016年執行役員2019年取締役

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