三菱鉱業は三菱合資会社の鉱業部を分離して発足した法人であり、設立時点で非鉄金属と石炭の双方で国内屈指の鉱山群を保有していた。明治期に吉岡・尾去沢の非鉄鉱山と大夕張・高島・端島の炭鉱を取得し、直島製錬所で一貫生産体制を構築した経緯がある。非鉄金属と石炭の二本柱による資源会社という発…
1950年の財閥解体により旧三菱鉱業は石炭と非鉄金属に分離されたが、1990年に三菱金属と三菱鉱業セメントが合併して再合同を果たしている。分離後の三菱金属は国内4鉱業所を主力に労働集約型の採掘事業を展開したが、この構造は1970年代の円高局面で競争力を喪失する要因となった。財閥解…
三菱金属の国内鉱山撤退は、1972年の子会社分離から1987年の最終閉山まで15年を要した。即時閉鎖ではなく子会社として段階的に縮小する方式を採った背景には、地方立地の大規模事業所が抱える雇用問題がある。生野鉱山の跡地に加工工場を新設した対応は、閉山と雇用維持の両立を図る手法とし…
三菱金属と三菱鉱業セメントの合併は、1950年の財閥解体で分離された2社が40年を経て再合同したものである。合併が長年実現しなかった要因は、両社が国内の非鉄鉱山・炭鉱の閉鎖に経営資源を割かれ続けたことにあり、鉱山・炭鉱の整理完了が合併のタイミングを規定した。国内資源事業の撤退完了…
三菱マテリアルの事業ポートフォリオ見直しは、2017年の品質不正が契機となった。グループ約200社に膨張した事業を経営陣が管理統制できなかったという反省から、不採算事業の売却と注力事業への集中投資が打ち出された。焼結部品・銅管・セメント・アルミの4事業が縮小対象とされ、超硬工具へ…
三菱マテリアルのセメント事業分離は、1990年の合併で取得した事業を30年後に折半出資会社へ移管するという帰結であった。1998年の販売統合を経て2022年に全面統合へ至る段階的な切り離しの過程は、合併で取得した事業の整理に長い時間を要する構造を示す。1606億円の投資認識と83…