重要な意思決定
19902月

三菱鉱業セメントと合併・三菱マテリアルに商号変更

背景

旧三菱鉱業の2社が鉱山・炭鉱の閉鎖を経て合併条件が整う

1990年2月に三菱金属と三菱鉱業セメントが合併し、三菱マテリアルを発足した。合併相手の三菱鉱業セメントは、1950年の財閥解体で旧三菱鉱業から分離された石炭事業を承継した「三菱鉱業(2代目)」に相当し、高度経済成長期を通じて石炭事業からセメント事業へと業態転換を推進した企業であった。旧三菱鉱業から分離された2社が約40年を経て再合同を果たす形となった。

1950年の会社分離から40年にわたり合併が実現しなかった理由は、両社ともに国内の非鉄鉱山・炭鉱の閉鎖に多大な経営努力を要し、慢性的な経営課題を抱えていたことにあった。三菱金属は国内非鉄鉱山からの撤退に15年を費やし、三菱鉱業セメントも炭鉱閉鎖とセメント事業への転換に経営資源を投下していた。1980年代末までに両社が主要鉱山・炭鉱の閉鎖をおおむね完了したことで、合併の条件が整った。

決断

売上高約1兆円の総合素材メーカーとして発足

合併後の三菱マテリアルは1992年3月期において連結売上高9100億円・経常利益250億円を計上し、売上高約1兆円規模の素材メーカーとして事業を開始した。主力事業は売上高の約50%を占める精錬事業であり、これにセメント事業と超硬工具事業を加えた3分野を柱とする総合素材メーカーの体制が構築された。新規事業としては半導体向けシリコンウエハーの展開が期待された。

三菱マテリアルは「非鉄金属」と「セメント」を主軸とする総合素材メーカーとなり、懸案であった国内の不採算鉱山からの撤退をおおむね完了した状態で発足した。国内鉱山の閉鎖という負の遺産を清算した上で攻めの経営に転じる体制が整ったことが、合併のタイミングを規定した。

結果

長期経営計画「MAX21」で売上高1.8兆円を目標設定

1991年9月に三菱マテリアルは合併後初の経営計画「MAX21」を公表した。10年間の長期計画として策定し、FY1995の売上高目標を1.4兆円、FY2000の目標を1.8兆円に設定した。三菱マテリアルは売上拡大を最重要の経営課題に据え、合併による規模拡大の効果を事業成長につなげる方針を打ち出した。

売上目標1.8兆円の設定は、当時社長の藤村正哉氏が「目が届く範囲」として設定した規模であった。合併によって非鉄金属・セメント・加工の3事業を擁する体制が構築されたことで、各事業における投資拡大と新規事業の育成を通じた売上成長が志向された。合併を契機に三菱マテリアルは鉱山会社から総合素材メーカーへの転換を明確に打ち出した。