重要な意思決定
国内鉱山を経営分離・段階的閉山へ
背景
ニクソンショックと品位低下で国内鉱山の採算が悪化
1971年のニクソンショックによって円高ドル安が進行し、国内における非鉄金属鉱山の採掘で採算が悪化した。三菱金属鉱業が保有する主要鉱山でも長年の採掘に伴う品位低下の課題に直面し、国際競争力の低下と鉱脈の劣化が同時に進行する状況に陥った。国内における採掘事業は構造的に厳しい局面を迎え、主力鉱山の存続が経営課題として浮上した。
三菱金属鉱業の主力鉱山は尾去沢・細倉・生野・明延の4拠点であり、いずれも地方に立地する大規模事業所として地域の雇用を担っていた。鉱山の閉鎖は地域経済への影響が大きく、雇用維持との両立が求められる中で、経営陣は段階的な事業縮小と従業員への配慮を両立する方針を模索した。
決断
国内鉱山の子会社分離と15年にわたる段階的閉山
1972年から三菱金属鉱業は国内主力鉱山の閉鎖に着手した。下川・古遠部・松木・細倉・明延の5鉱山を子会社として分離し、従業員に配慮しつつ段階的な事業縮小を進めた。1973年に生野鉱山を閉山し、跡地には雇用維持を目的として加工品製造拠点の「生野工場」を新設した。1978年には主力の尾去沢鉱山を閉山し、三菱金属本体が直接経営する鉱山は姿を消した。
子会社に分離した国内鉱山は1980年代を通じた円高の進行により経営がさらに悪化した。1985年のプラザ合意で急速に円高が進行すると採算維持が困難となり、1986年から1987年にかけて細倉・下川・古遠部・明延の4鉱山が相次いで閉山した。1972年の事業分離から約15年を経て、三菱金属は国内主力鉱山の閉鎖を完了し、国内鉱山からの実質的な撤退に至った。