東芝エフィッシモの株主提案による独立調査と、永山治取締役会議長の再任否決
株主総会は公正だったのか——経産省と一体となった議決権行使への働きかけを、株主はどう裁いたか
- 概要
- 筆頭株主エフィッシモ・キャピタル・マネージメントの請求で開かれた2021年3月18日の東芝臨時株主総会で、2020年7月の定時株主総会の運営を調べる弁護士3人の選任議案が賛成率57.90%で可決された。6月10日に公表された調査報告書は、東芝が経済産業省と一体となって株主の議決権行使に働きかけたと認定し、6月25日の定時株主総会では永山治取締役会議長の再任が否決された。
- 背景
- 2017年の約6,000億円の第三者割当増資でエフィッシモら海外ファンドが大株主に入り、経営陣との緊張が続いていた。2020年7月の定時株主総会では株主提案が否決された一方、車谷暢昭社長兼CEOの再任賛成率は約57%にとどまり、総会後には議決権行使書の集計を担う三井住友信託銀行の不適切処理も発覚していた。
- 内容
- エフィッシモは2020年12月、会社法が定める「業務および財産の状況を調査する者」として弁護士3人の選任を求めて臨時株主総会の招集を請求した。会社側は不当な関与を否定して反対したが、議決権行使助言会社2社がそろって賛成を推奨し、議案は可決された。調査は約3カ月に及び、報告書は「本定時株主総会が公正に運営されたものとはいえない」と結論づけた。
- 含意
- 会社が幕引きを図った問題を、株主が会社法の手続で強制的に調べ直させ、その結果が取締役会議長の否決となって経営陣に返った。ガバナンス改革の旗を振ってきた経済産業省自身の関与が暴かれた点で、日本のコーポレートガバナンスの節目となり、東芝の混乱はその後の会社分割案と非公開化へつながっていった。
株主が発動した「調べる権利」の重さ
この一件の核心は、買収でも増配要求でもなく、「総会は公正だったのか」という手続の問いに絞って株主が争った点にあるとみることができる。エフィッシモは取締役の入れ替えを再び求めるのではなく、会社法の調査者選任というほとんど使われてこなかった手続を選び、事実の解明だけを議案にした。会社側が反対しにくく、助言会社も機関投資家も賛成しやすい論点の立て方であり、その結果として、会社の内部資料に基づく認定が経営陣の正統性を直撃した。争点設計そのものが勝敗を分けたことがうかがえる。
同時にこの決着は、政府と企業の距離という、より古い問いを今日の資本市場に持ち込んだといえる。原子力を抱える東芝にとって国との関わりは避けられず、経済安全保障の要請も現実にある。だが報告書が示したのは、その関わりが株主の議決権という市場の根幹に及んだときに何が起きるかであった。増資で招き入れた株主を制度の力で抑えようとした結果、経営陣は議長を失い、会社は分割案の否決を経て市場からの退出へ向かった。国策と資本市場の間に立つ企業の統治がどうあるべきかは、非公開化を経た今もなお開かれた問いであるとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
増資が持ち込んだ物言う株主との同居
発端は2017年にさかのぼる。不正会計と米原発事業の巨額損失で経営危機に陥った東芝は、複数の海外ファンドを割当先とする約6,000億円の第三者割当増資で債務超過を回避した。この増資でエフィッシモ・キャピタル・マネージメントが筆頭株主となり、海外ファンドの持ち株比率は6割を超えた。経営破綻を避けた代償として、東芝は百戦錬磨のアクティビストと同居する株主構成を抱え込むこととなった[1]。
緊張が表面化したのは2020年6月であった。東芝株を15%超保有するエフィッシモは、子会社の東芝ITサービスで発覚した架空・循環取引への対応を問題視し、弁護士の竹内朗氏ら3人の取締役選任を株主提案した。3Dオポチュニティー・マスター・ファンドも別に2人を提案した。東芝は6月22日、現経営陣で内部統制を進めるとしていずれの提案にも反対を表明し、7月31日の定時株主総会は経営陣と大株主が正面から議決権を争う場となった[2]。
薄氷の2020年7月総会と残った火種
2020年7月31日の定時株主総会では、車谷暢昭社長兼CEOら12人の会社側取締役選任案が可決され、エフィッシモと3Dの株主提案はいずれも否決された。表面上は会社側の勝利であったが、車谷氏の再任賛成率は約57%にとどまった。株主の4割超が現職トップに信任を与えなかった計算であり、経営陣の基盤の危うさを示す薄氷の可決であった[3][4]。
総会の運営そのものにも疑義が残った。3Dの求めで東芝が三井住友信託銀行に議決権の集計を確認させたところ、郵送された議決権行使書を配達予定日より前倒しで受け取り、一部を無効扱いにする「先付け処理」が判明した。2020年9月24日に三井住友信託銀行とみずほ信託銀行が不適切な取り扱いを認め、影響は1,346社に及んだ。1票を争った東芝の総会を発端に、集計事務の旧弊が全上場企業規模の問題として噴き出した形であった[5]。
決断
会社が退けた調査を、株主が請求する
エフィッシモは2020年12月17日、臨時株主総会の招集請求を発表した。7月の総会が公正かつ透明に運営されたかを調べるため、会社法が定める「業務および財産の状況を調査する者」として弁護士3人の選任を求める内容であった。背景には集計問題に加え、もう一つの疑惑があった。年金積立金管理運用独立行政法人の最高投資責任者などを務めた水野弘道氏が総会前、東芝の株主であるハーバード大学の基金運用法人に対し、会社側の意にそぐわない議決権行使をすれば改正外為法に基づく調査の対象になり得ると干渉したとの報道であった[6][7]。
東芝は徹底して争う構えを崩さなかった。議決権集計問題は三井住友信託銀行に調査を要請して報告を受けたと主張し、水野氏の件も、不当な干渉への関与を認める資料も情報もなかったと反論して、株主提案への反対を表明した。だが情勢は前年と違った。前年の総会では議決権行使助言会社のISSとグラスルイスがそろって会社側に付いたのに対し、今回はエフィッシモの調査者選任案に両社が賛成を推奨した。東芝関係者が「楽勝できるものではなくなった」と漏らすほど、会社側の旗色は悪化していた[8]。
2021年3月18日、調査者選任の可決
2021年3月18日の臨時株主総会で、エフィッシモの株主提案は可決された。賛成率は57.90%に達し、否決を狙った会社側の想定を超えて、内外の機関投資家が幅広く株主側に付いたことを示した。前年の総会で会社提案が可決されたのとほぼ同じ比率で、今度は会社の総会運営そのものを調べる議案が通った。攻守の逆転を数字で刻んだ総会であった[9]。
可決により、エフィッシモが指名した3人の弁護士が会社法上の調査者として東芝の内部資料や電子メールにあたる調査に入った。会社が「調査済み」として幕引きを図った問題を、株主が法律上の手続で強制的に調べ直させる構図であり、日本の大企業では例のない展開であった。調査は約3カ月をかけて行われ、結果は6月の定時株主総会に報告される日程が組まれた。経営陣の正統性の判定が、外部の調査者の手に委ねられた形であった[10]。
結果
報告書が暴いた「経産省と一体」の構図
2021年6月10日に公表された調査報告書は、会社側の主張を覆した。報告書は、東芝が2020年7月の定時株主総会について経済産業省と一体となり、株主提案権の行使を妨げようと画策したと認定した。ハーバード大学の基金運用法人には、当時経産省参与であった人物を通じて議決権を行使しないことを選択肢に含める交渉が事実上依頼され、基金は実際に議決権を行使しなかった。結論は「本定時株主総会が公正に運営されたものとはいえない」という明確なものであった[11]。
報告書が描いたのは、個別の集計ミスを超えた官民の共同行動であった。東芝幹部はエフィッシモら大株主をアクティビストとみなし、その排除のために2020年5月に改正されたばかりの外為法を利用しようとした。経産省側も幹部が東芝に株主対応を指示し、参与が株主に接触して圧力をかけたと指摘された。企業にガバナンス改革を促す制度設計を主導してきた経産省自身が、その原理原則に反する行動を取っていたことになり、問題は一企業の総会運営を超えて広がった[12]。
永山議長の再任否決と、続く漂流
報告書の衝撃は2週間後の定時株主総会を直撃した。東芝は6月14日、社外取締役候補の太田順司氏と山内卓氏の再任案を取り下げ、豊原正恭副社長と加茂正治上席常務の退任を決めた。同日会見した永山治取締役会議長は陳謝しつつ、「責任を取る(辞任)よりも責任を果たす(続投)」と述べて候補に残り、再任の可否を株主の判断に委ねた。関与した候補だけを外して体制を守る折衷案であったが、株主が納得するかは見通せなかった[13]。
2021年6月25日の定時株主総会は、永山氏の再任を否決した。反対は約56%に達し、監査委員であった小林伸行氏も反対約74%で否決された。指名委員会委員長を兼ねる取締役会議長を株主総会が退場させるのは、日本の大企業で異例の事態であった。綱川智社長の賛成率も前年の約9割から約77%へ落ちた。議長不在のまま再出発した取締役会は戦略の再検討を迫られ、東芝は同年11月の会社3分割案、その否決を経て、2023年の非公開化へと漂流を続けることとなった[14][15]。
- 週刊東洋経済 2020年7月18日号「ニュース最前線 東芝vs.モノ言う株主 取締役選任案めぐる攻防戦」
- 週刊東洋経済 2020年10月10日号「スペシャルリポート 議決権“誤集計”に深まる謎 東芝発端に1346社に影響」
- 週刊東洋経済 2021年3月20日号「ニュース最前線 東芝vs.「モノ言う株主」 3月総会後も続く神経戦」
- 週刊東洋経済 2021年6月26日号「ニュース最前線 東芝にちらつく経産省の影 ガバナンスを取り戻せるか」
- 日本経済新聞(2020年7月31日)「東芝の株主総会、車谷社長の再任可決 株主提案は否決」
- 日本経済新聞(2020年12月17日)「エフィッシモ、東芝に臨時総会の招集請求」
- 日本経済新聞(2021年3月18日)「東芝の臨時総会、「20年決議を再調査」の株主提案可決」
- 日本経済新聞(2021年3月24日)「東芝の臨時株主総会、エフィッシモ提案の賛成率57.90%」
- 日本経済新聞(2021年6月10日)「東芝株主総会「公正でなかった」 弁護士調査報告書」
- 日本経済新聞(2021年6月25日)「東芝株主総会、永山取締役会議長の再任案否決」
- 日本経済新聞(2021年6月28日)「東芝、永山前議長の選任案反対56% 総会の議決権行使」
- 東芝 有価証券報告書(2021年3月期・連結・米国基準)