筆者の見解
権限を手放した経営はどこまで続くか
この経営判断の核心は、急成長のさなかにありながら、あえて権限を営業の最前線へ委ねた点にある。田鍋健氏が1975年の時点ですでに稟議を後回しにする即断即決の指揮系統を敷いていたことを踏まえると、1978年の企業内企業構想は思いつきの制度ではなく、社長個人の意思決定様式を組織全体の設計原理へ広げた到達点とみられる。65カ所の営業所を独立採算の"経営者"とみなし、1人当たり付加価値という単純な物差しで評価した仕組みは、拡大する組織にありがちな官僚化を避ける装置として働いたとうかがえる。
もっとも、この体制が成り立ったのは、田鍋氏自身が全営業所を直接把握できる規模と、直販・責任施工という自社完結型の事業モデルがあったことも大きいのだろう。本社をあえて小さく保ち"指示すれど管理せず"を貫く経営は、トップの目が末端まで届くという前提の上に成り立っており、会社の規模がさらに拡大したのちにこの分権思想がどう変容していくかは、当時はまだ見えていなかった。それでも、大組織の硬直化という当時の経営課題に対し、現場に"商人"の自覚を求める仕組みを早い段階で確立した点は、積水ハウスのその後の組織運営を考えるうえで示唆に富むといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月