森永乳業株の政策保有縮減と、プライム移行に合わせたガバナンス改革
73年前に自ら分けた会社の株を、なぜこの時期に手放したのか——資本の縁の整理
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- 概要
- 2022年2月28日、森永製菓が保有する森永乳業の普通株式430万株を売却すると発表し、翌3月1日、森永乳業が立会外買付取引(ToSTNeT-3)で1株5,760円・総額約247億円の自己株式として買い取った経営判断。太田栄二郎社長のもと、2022年4月の東証プライム市場移行を控えて政策保有株を縮減し、資本効率とガバナンスの説明責任を高める資本政策の一環であった。
- 背景
- 2015年のコーポレートガバナンス・コード導入以降、政策保有株式の縮減と資本効率の説明は上場企業の課題となり、2021年の改訂と2022年4月の東証プライム市場移行で要求は一段と重くなっていた。森永製菓が抱える最大級の政策保有株は、1949年に自ら乳業部門として分離した森永乳業の株式であった。
- 内容
- 森永製菓は森永乳業株430万株を手放し、保有比率を約12.7%から約4.0%(森永製菓ベース)へ引き下げた。急激な市場放出による株価への影響を避けるため、売却は森永乳業の自己株式取得(ToSTNeT-3)の形をとった。並行してコーポレートガバナンス・コードの所定項目を整え、取締役会の監督と説明責任を制度として組み込んだ。
- 含意
- 手放した相手は、73年前に森永製菓が乳業部門として切り出した会社であった。事業として1949年に分けた両社が資本の縁を薄めるまでに要した時間の長さと、それを動かした主因が外部の制度改革であった点に、この判断の性格がうかがえる。
制度が解いた、資本の縁
この判断の中心にあるのは、森永製菓が自ら好機を選んで動いたというより、上場の場が求める水準に合わせて長年の持ち合いを整理した、という受け身の構図である。1949年に事業として分けた森永乳業との資本の縁は、その後73年にわたって二桁の保有比率のまま残り続けた。それを5%未満まで引き下げたきっかけが、コーポレートガバナンス・コードの改訂とプライム市場への移行という外部の制度改革であった点に、1949年の乳業分離と同じ性格がうかがえる。事業の切り分けを制度が促し、資本の切り分けもまた制度が促した——森永製菓の二度の再編は、いずれも外からの要請に背中を押された場面であったとみることができる。
もっとも、森永製菓は森永乳業株を売り切ったわけではなく、約4%を手元に残した。看板を分け合う二社の関係を完全に断つのではなく、資本効率と取引の安定のあいだで折り合いをつけた選択とも読める。持ち合いの縮小は、いまや多くの日本企業に共通する課題であり、どこまで縁を薄め、どこから先を関係の維持として残すのかは、なお各社の判断に委ねられている。1949年に制度のうえで固めた菓子専業の分離が、資本の面で一巡するまでに73年を要したことは、事業を切り分けても資本と看板の縁は簡単には整理しきれないことを示しているといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
プライム移行とガバナンス・コードが迫った政策保有の縮減
上場企業の政策保有株式には、年を追って市場の目が厳しくなっていた。2015年に適用が始まったコーポレートガバナンス・コードは、株式を持つ狙いと経済合理性を毎年検証して開示するよう求め、2021年の改訂と2022年4月の東証プライム市場への移行は、資本効率と取締役会の独立性の説明を一段と重くした。森永製菓も統合報告書のなかで、保有意義の乏しい株式は売却していく方針を掲げ、配当水準や取引上の利益が資本コストに見合うかを個別銘柄ごとに毎年精査すると説明していた[1]。
制度の後押しはとりわけ強かった。市場区分の見直しで最上位のプライム市場は、より高い水準のガバナンスを上場維持の要件に据え、森永製菓も2022年4月4日にプライム市場へ移行した。政策保有の圧縮は、経営が自発的に選んだというより、上場の場そのものが求める課題として輪郭を持ち始めていた。長く聖域として扱われてきた持ち合い株の見直しが、プライム移行を機に正面から問われる課題となった[2]。
森永乳業株という、73年前に自ら分けた資本
森永製菓が抱える政策保有株のなかで、最も重い来歴を持つのが森永乳業の株式であった。両社はもともと一つの会社であり、1949年に森永食糧工業(当時の森永製菓)が乳業部門を森永乳業として新設分離し、菓子一本で稼ぐ体制へ組み替えた。ただし事業を切り分けても資本の縁までは断たれず、森永製菓は分離後も森永乳業株を政策保有として抱え続けた。「森永」の名を分け合う二社の持ち合いは、そのまま戦後を通じて残っていた[3]。
資本の縁が残ったこと自体は、戦後の日本企業ではめずらしくない光景であった。取引や資本の安定を優先し、系列や関係会社の株式を互いに持ち合う慣行は、長く経営の常識として受け入れられていた。森永製菓にとって森永乳業株は、由来からしても関係の深い先の株式であり、売却の対象として真っ先に挙がる性質のものではなかった。その株式が縮減の主対象になった点に、制度改革が持ち合いの前提そのものを揺らした様子がうかがえる[4]。
決断
森永乳業の自己株式取得という受け皿
2022年2月28日、森永製菓は保有する森永乳業の普通株式430万株を売却すると発表した。売却は、市場への一括放出ではなく、森永乳業が自己株式として買い取る立会外買付取引(ToSTNeT-3)の形をとった。翌3月1日、森永乳業は森永製菓が売り出した430万株を1株につき5,760円、取得価額の総額247億6,800万円で取得し、これに伴って主要株主である筆頭株主の異動が生じた。急激な株式の放出が株価に与える影響を避けつつ、両社が段取りをそろえて縮減を実行した[5]。
この売却で、森永製菓の森永乳業株の保有比率は約12.7%から約4.0%へと下がった。森永乳業の議決権比率でみれば12.76%から4.42%への低下にあたり、分母の取り方で数値は前後するものの、いずれにせよ5%を割り込む水準まで一気に引き下げた点は変わらない。長く二桁を保ってきた持ち合いを、一度の取引でおおむね解いた格好であった[6]。
外部監督を制度として組み込む
政策保有の縮減と歩調を合わせて、森永製菓は取締役会の監督機能の整備も進めた。プライム移行に伴うコーポレートガバナンス・コードの所定項目として、政策保有株式の保有状況報告や取締役会の実効性評価、株式取扱規則の改定などを整え、外部からの監督と説明責任を制度のかたちで組み込んだ。菓子事業を長く手がけたプロパー中心の経営に、他産業の視点や独立した監督を接続する体制づくりが、資本政策の見直しと並んで進められた[7]。
結果
特別利益と、73年の持ち合いのほぼ解消
売却の効果は、その期の決算にはっきり表れた。森永製菓の2022年3月期は、政策保有株式の売却などにより特別利益21,963百万円を計上し、親会社株主に帰属する当期純利益は277億円へと膨らんだ。売上高1,813億円・営業利益177億円という本業の規模に対して、純利益だけが突出した形になり、資産に長く眠っていた持ち合い株が現金へと姿を変えたことを、数字が物語っていた[8]。
この一度きりの利益は、資本効率の指標も押し上げた。森永製菓は統合報告書で、森永乳業株などの一部売却に伴う特別利益によりROEが22.0%と高水準になったと説明し、その特別利益を除いても10.1%と二桁を保ったと補った。売却益という一過性の要素を差し引いても資本効率が二桁に届いたことは、この売却が単なる評価益の実現にとどまらず、手にした資金を本業へ振り向け直す動きと一体で進められたことを示している。73年続いた乳業との持ち合いは、ここでおおむね解かれた[9]。
- 森永乳業 自己株式立会外買付取引(ToSTNeT-3)による自己株式取得結果および終了並びに主要株主である筆頭株主の異動に関するお知らせ(適時開示・2022年3月1日)
- 森永乳業 自己株式の取得及び自己株式立会外買付取引(ToSTNeT-3)による自己株式の買付けに関するお知らせ(適時開示・2022年2月28日)
- 日本経済新聞(2022年2月28日)「森永製菓、森永乳業株を一部売却 保有比率4%に低下」
- 森永製菓 統合報告書2022
- 森永製菓 有価証券報告書(2022年3月期・連結)
- 森永製菓 有価証券報告書【沿革】