この改革が向き合ったのは、強い創業者の後をどう継ぐかという普遍的な難題であった。カリスマの号令で動いてきた組織は、その号令が消えたとき指示待ちに陥りやすい。高原豪久社長がSAPS経営会議で試みたのは、個人の求心力を、現場の顔が見える定例の仕組みへ置き換えることであった。全員が反省と目標を差し出し、社長も一参加者として同じ場に立つ——属人性を薄め、判断と情報を分散させる装置として読むことができる。
"第2の創業"という言葉は大仰にも響くが、二代目が担ったのは新事業の立ち上げというより、動き方そのものの再設計であった。現場が自ら考えて動く組織へと作り替える試みは、のちの海外分権経営の下地になったとみられる。ただし、仕組みが根づくほどに、創業者のような一点突破の推進力をどう補うかという問いも残る。カリスマを仕組みで置き換えることの利と、その裏で失われうるものとの兼ね合いは、承継を経た企業がいずれ向き合うものといえる。