決断
同じ吸収体を、使う相手の年齢と種を替えて売ってきた。1980年に花王の生理用品参入で創業以来初の減収減益となり経常利益が前年比60%減の10億円まで減少した翌年、高原慶一朗氏は紙おむつ"ムーニー"を発売し、30億円を香川工場に投じてパンツ型の製造装置を自社開発した。1982年からは三洋化成製の高吸水性樹脂を採用し、給水量と漏れ防止で先発の"パンパース"を上回る。1985年に大人用紙おむつ"シルキー"、1987年に"ライフリー"、1988年にペットケアと広げ、3,000億円企業を掲げて多角化した。不織布と吸収体という中核技術を共通の生産設備で複数の売り先へ振り向けたことが、商品の数ではなく設備の稼働で多角化を成立させた。
2004年 SAPS経営会議の導入
業績の推移2003 2004 2009 売上高(億円) 2,232 2,401 3,478 純利益率(%) 5.7 6.7 4.9 2001年6月 高原慶一朗氏の社長退任と高原豪久氏への継承
1994年 「ムーニーマン」の開発
1985年4月 売上高3000億円構想