江崎グリコダルトンの株主提案を全面拒否し、安定株主の一部が離れた第119回総会
配当を決めるのは取締役会か、株主総会か——創業家企業に向いた機関投資家の票
- 概要
- 2024年1月、江崎グリコは株主のロンシャン・SICAV(代理人ダルトン・インベストメンツ・インク)から4件の株主提案を受け、取締役会はすべてに反対を決議した。3月26日の第119回定時株主総会で提案は否決されたが、剰余金の配当等の決定機関に関する定款変更には42.9%の賛成が集まった。
- 背景
- 2022年に創立100周年を迎えた江崎グリコはプライム市場へ移り、パーパスを掲げた中期経営計画を進めていた。提案側は、過去5年平均のROEが5%台にとどまり、株主総利回りがTOPIXや同業他社に劣後していると指摘した。
- 内容
- 提案は、東証要請への対応の開示を定款に定めること、270億円を上限とする自己株式取得、剰余金の配当等を株主提案があれば総会でも決議できるようにする定款変更、譲渡制限付株式報酬の拡充の4件。取締役会は2024年2月13日、4件すべてに反対を決議した。
- 含意
- 大株主に創業家・事業会社・金融機関が並ぶ会社で、定款変更議案に4割を超える賛成が集まった。翌2025年3月の総会では、江崎グリコ自身が配当の総額などを株主総会でも決められるようにする定款変更を会社提案として諮り、可決されている。
定款を守ることと、株主を説得すること
この一件を、アクティビストの攻勢に会社が耐えた事例として読むこともできる。提案は4件とも否決され、取締役会が示した反対理由も、成長投資と株主還元の均衡という点で筋が通っている。ただ、否決の内訳を見ると、争われたのは資本効率の数値そのものより、配当という株主に直接関わる事項を誰が決めるかという手続きであったとみることができる。金融機関や運用会社が賛成に回った理由が、江崎グリコの経営そのものへの不信というより、取締役会に決定を委ねたままにする設計への疑問であった点は、翌年に会社側が同趣旨の定款変更を自ら提案したことからもうかがえる。
創業家が長く経営を率いてきた会社にとって、安定株主の存在は判断の自由度を支える資産でもあった。その安定株主が議案ごとに賛否を分け始めたとき、経営は都度説明を積み重ねる必要に迫られる。江崎グリコは2025年に定款を改め、2026年の総会でも提案株主と向き合っている。栄養で社会に奉仕するという創業以来の理念を掲げてきた会社が、資本の論理とどう折り合いをつけていくのか——賛成率42.9%という数字は、その問いが外から持ち込まれた時点を示しているといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
創立100周年後の江崎グリコが掲げていたもの
2022年2月に創立100周年を迎えた江崎グリコは、同年4月に東京証券取引所の市場区分見直しでプライム市場へ移った。企業の存在意義として「すこやかな毎日、ゆたかな人生」を掲げ、2022年度から2024年度までの中期経営計画では、おいしさと健康価値の提供、顧客を出発点に置いたバリューチェーンの実現、注力領域への転換という3本の柱を定めた。資金配分については、成長分野・成長市場への投資や研究開発・デジタル投資に500億円、既存事業への通常設備投資に300億円、株主還元等に200億円、転換社債型新株予約権付社債の償還に300億円を充てる計画を公表していた[1]。
一方、業績の水準は100周年前後で揺れていた。2022年12月期の連結売上高は3,039億円、営業利益は128億円にとどまり、2023年12月期は売上高3,326億円、営業利益186億円、親会社株主に帰属する当期純利益141億円へ戻した。株主還元は2019年度の1株当たり年間配当60円から2022年度に80円まで引き上げられ、2023年度も80円(連結配当性向36.0%)に据え置かれている。自己株式取得は2019年度と2022年度に各49.9億円を実施したのみで、2023年度は行われていない[2][3]。
取締役会が配当を決める定款と、東証の要請
江崎グリコの定款第35条は、剰余金の配当等について、会社法第459条第1項および第460条の規定により取締役会の決議によって定めると書いていた。総合的なキャッシュアロケーションを考慮したうえで配当額を機動的に決定するための設計であり、株主総会でその是非を問う余地はない。上場会社では珍しい定めではないが、株主還元の水準そのものが論点になったとき、株主が意思を示す手段は取締役の選任と反対票に限られる構造となる[4]。
外側の条件も動いていた。東京証券取引所は2023年3月31日、プライム市場とスタンダード市場の全上場会社に対し、資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応を要請した。提案株主はこの要請の趣旨に賛同したうえで、江崎グリコは損益計算書上の項目開示に傾いたIR資料に表れているとおり資本コストや資本効率への意識が薄く、過去5年平均のROEは5%台、株主総利回りもTOPIXや同業他社に劣後していると指摘した。現金資産の積み上がりについても、2023年9月末時点の純財務資産1,156億円が同時点の時価総額の40%を超えると計算している[5]。
決断
4件の提案と、取締役会の全面反対
江崎グリコは2024年1月17日、株主であるロンシャン・SICAV(代理人ダルトン・インベストメンツ・インク)から、3月26日開催予定の第119回定時株主総会で株主提案を行う旨の書面を受領した。提案は4件からなる。東証要請に基づく現状評価・方針・目標・取組みをコーポレート・ガバナンス報告書と自社サイトに開示する旨を定款に新設すること、総会終結から1年以内に6,360,000株・総額270億円を限度とする自己株式取得を行うこと、剰余金の配当等について株主からの提案がある場合には総会の決議でも定められるよう定款第35条を改めること、そして取締役と執行役員に年額600百万円以内・上限150,000株の譲渡制限付株式を付与することであった[6][7]。
江崎グリコの取締役会は2024年2月13日、4件すべてに反対することを決議した。自己株式取得については、2023年度の親会社株主に帰属する当期純利益が141億円であることを踏まえれば取得価格総額は約2倍と過大であり、1年以内という短期間での実施を求める点も短期的な視点に立脚していると述べた。東証要請の開示を定款に書き込む提案には、経営戦略や経営環境を踏まえて都度決定すべき事項であり、根本規範を定める定款に規定するのは適切でないと答えた。報酬の提案についても、固定報酬の3倍相当を3年間で付与する設計は現状の業績水準から乖離しているとした[8]。
否決された総会と、4割を超えた賛成
2024年3月26日、大阪市内で第119回定時株主総会が開かれた。会社提案の定款一部変更、取締役8名選任、監査役1名選任はいずれも原案どおり可決された。株主提案は第4号から第7号までの4議案として諮られ、剰余金の配当等の決定機関に関する定款変更(第6号議案)を自己株式取得(第5号議案)に先立って審議したうえで否決している。第6号が否決されたため第5号は不適法議案として取り下げられ、東証要請の開示に関する定款変更(第4号議案)と譲渡制限付株式報酬(第7号議案)も否決された[9]。
否決という結果の内側で、票の割れ方が市場の注目を集めた。週刊東洋経済によれば、第6号議案の賛成率は42.9%に上っている。同様の定款変更を求める株主提案は2015年のみずほフィナンシャルグループの総会でも41%の賛成を集めていたが、大株主に創業家・事業会社・金融機関が名を連ねる江崎グリコで同水準の賛同が集まったことは、与党とされてきた安定株主の変化を示していると同誌は伝えた。国内外の金融機関や運用会社の多くが第6号議案に賛成票を投じており、三井住友DSアセットマネジメントの坂口淳一責任投資オフィサーは、取締役会だけで配当を決められると低い配当水準でも容認されてしまう、総会で議論することは企業価値向上につながる、と賛成の理由を語っている[10][11]。
結果
翌年、会社提案として通った定款変更
否決から1年後、争点は江崎グリコ自身の議案となって戻ってきた。同社は2025年3月14日までに、取締役会で決めていた配当の総額などを株主総会でも決められるようにする方針を明らかにし、関連する定款変更を3月25日の第120回定時株主総会に諮った。会社提案の定款変更は可決され、ダルトン・インベストメンツが提出した3議案はいずれも否決された。前年に42.9%の賛成を集めた論点を、会社側が自らの提案として通した形になる[12][13]。
提案株主との関係そのものは続いている。ダルトン・インベストメンツが関東財務局に提出した報告書によれば、2024年11月末時点のグリコ株保有比率は7.13%であり、2025年8月時点では10.27%まで積み増した。2026年3月24日に開かれた総会でも、1年以内に350億円を上限とする自社株買い、ダルトンのジェームズ・ローゼンワルド最高投資責任者ら2人の取締役選任、役員への株式報酬の拡充、資本コストや株価を意識した経営の定款への明記という4議案が諮られ、いずれも否決されている。江崎グリコは、株主が議決権を適切に行使できないとして反対の立場を取り続けた[14][15]。
否決の内訳が持った意味
この総会が波紋を呼んだのは、可決・否決の結果ではなく、否決の内訳が広く読まれたためであった。週刊東洋経済が各社の議決権行使結果を調べたところ、国内外の金融機関や運用会社の多くが第6号議案に賛成票を投じていた。三井住友信託銀行ガバナンスコンサルティング部の担当者は、機関投資家が本当の意味で是々非々で判断するようになったと述べている。かつては議決権行使のガイドラインを定めていても会社側を擁護することが珍しくなかったが、いまはガイドラインの運用を厳格化し、株主提案にも躊躇なく賛成するという見立てであった[16]。
江崎グリコにとって、この結果は業績の水準とも重なっていた。総会のあった2024年12月期の連結営業利益は111億円、翌2025年12月期は87億円と、株主提案を受けた2023年12月期の186億円から下がった。売上高は2025年12月期に3,614億円と過去最高を更新した一方、利益の回復は課題として残った。株主提案が問うたのは配当の決定手続きという形式であったが、その背後には稼ぐ力と資本効率をめぐる評価が置かれていた[17]。
- 江崎グリコ「株主提案に対する当社取締役会意見に関するお知らせ」(2024年2月13日)
- 江崎グリコ「第119回定時株主総会決議ご通知」(2024年3月26日)
- 週刊東洋経済 2024年6月29日号「『安定株主』の心変わり グリコ株主総会の波紋」
- 日本経済新聞(2025年3月14日)「江崎グリコ、株主総会でも配当決議 投資家の声強く」
- 日本経済新聞(2025年3月25日)「グリコ株主総会、ダルトン3議案否決 配当定款は変更」
- 日本経済新聞(2026年3月24日)「江崎グリコ定時総会、米ファンドの株主提案否決 自社株買い実施など」
- 江崎グリコ 有価証券報告書(第119期・第121期・連結)