旧村上ファンド系による株式取得と不動産含み益をめぐる株主圧力への対応
2025年進行中本業の値打ちを覆う品川の含み益をどう扱うか——旧村上ファンド系の接近に、京急が資本政策の見直しで応じるまで
更新:
- 概要
- 2024年末以降、アクティビストとして知られる旧村上ファンド系の投資会社が京浜急行電鉄(京急)の株式を取得し、2025年2月には保有比率5.11%の大量保有報告が公表された。品川駅周辺に抱える膨大な不動産の含み益と、株価純資産倍率(PBR)1倍割れという資本効率の甘さを突かれた形で、旧村上ファンド系は保有を9%超まで買い増した。京急は特定株主への言及を避けつつ、総合経営計画のアップデートと自己株式取得で資本政策の見直しに動いたが、本稿の時点で事態は決着していない。
- 背景
- 京急は品川駅西口の再開発を経営の主軸に据え、鉄道と一体で大規模な不動産を保有する。賃貸等不動産の含み益は簿価計上のためPBRに映らず、株価は軟調で2024年11月時点のPBRは0.91倍にとどまっていた。含み益を抱えながら低PBRに沈む企業は、2024年のアクティビスト活況のなかで格好の標的となっていた。
- 内容
- 2024年10月以降に京急株を取得し始めた旧村上ファンド系は、2025年2月に5.11%、3月に6.02%、7月には9.14%へと保有を高めた。保有目的は経営陣への助言と重要提案行為とされ、市場では経営統合・増配・自己株買い・不動産売却の要求が取り沙汰された。2006年の阪急による阪神電鉄の買収を想起し、規模の似た京急と京成の統合を予測する見方も浮上した。
- 含意
- 京急は2024年5月に公表した第20次総合経営計画を2025年5月にアップデートし、目標指標の引き上げと不動産事業戦略・資本収益性の強化を打ち出した。配当性向40%程度を目安に自己株式取得も機動的に行う方針を掲げ、2025年度には100億円の自己株式を取得した。株主提案や委任状争奪には至らず、圧力と対話が続いている。
含み益を、だれの裁量でいつ開くか
この事案の核心は、本業の値打ちを覆い隠すほど大きな資産を抱えた鉄道会社が、その資産の扱いを外部の投資家から問われた点にある。京成電鉄がオリエンタルランドという保有株の重さを突かれたのと同じ構図が、京急では品川の不動産含み益として現れた。簿価に眠る価値は株価に映らず、PBR1倍割れとなって割安を残す。旧村上ファンド系は、その眠った価値と資本効率の甘さの間隙に狙いを定めたとみることができる。京急が正面からの衝突を避け、総合経営計画のアップデートと自己株式取得で応じた運びは、圧力の論点をみずからの経営の言葉に引き取ろうとする選択であった。
もっとも、本稿の時点で答えは出ていない。旧村上ファンド系が保有をどこまで積み増し、経営統合や不動産売却をどこまで具体的に迫るのか、京急がどの水準まで資本効率を株主へ開くのかは、いずれも定まっていない。2006年の阪急阪神のような私鉄再編の再現へ向かうのか、それとも冷静な対話のうちに切り抜けるのか、道筋は見通せない。膨大な含み益を抱える上場企業が、その価値をいつ、だれの裁量で市場に開くのか——京急が突きつけられているこの問いは、含み益と低PBRを併せ持つ多くの企業に共通する緊張を、生きた形で映している。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
本業の値打ちを覆う品川の含み益
京浜急行電鉄は、品川から横浜・横須賀を経て三浦半島へ、また羽田空港へと延びる路線を持つ関東私鉄大手である。2022年に社長へ就いた川俣幸宏氏のもと、会社は品川駅西口の再開発を経営の主軸に据え、高輪3丁目地区・駅街区地区・高輪4丁目地区を舞台とする大規模開発を鉄道事業と並行して進めてきた。鉄道と一体で保有する不動産は、都心の一等地に膨大な含み益を抱える。訪日客の回復を追い風に業績は好調で、2024年3月期の連結営業収益は2806億円、営業利益は280億円に達した[1][2]。
もっとも、その含み益は市場からは見えにくい。賃貸等不動産は取得時の簿価で貸借対照表に載り、値上がりしても売却しないかぎり利益に立たないため、株価を純資産で割るPBRには反映されない。京急の株価は軟調で、2024年11月時点のPBRは0.91倍と1倍を割り込んでいた。含み益という眠った価値を抱えながら、資本効率の指標では割安に沈む——この落差が、資本効率への経営の意識の甘さとして投資家の目に映っていた[3]。
不動産含み益を狙うアクティビストの潮流
2024年は、企業買収とアクティビスト(物言う株主)の当たり年だった。経済産業省が同意なき買収への指針を定め、6月の株主総会では株主提案が343件と過去最多に並んだ。標的は時価総額の大小を問わず広がり、隙を見せた企業が次々と要求を受けた。なかでも投資家が好んで突いたのが、賃貸不動産の含み益である。会計上は簿価で計上されPBRに映らない含み益は、市場が織り込みきれない眠った価値として、恰好の攻めどころとみなされた[4]。
賃貸不動産の含み益が多い企業を並べると、不動産デベロッパーに交じって鉄道会社が数多く顔を出す。東日本旅客鉄道(JR東日本)をはじめ、駅周辺に一等地を抱える鉄道各社は、含み益と低PBRという二つの条件をあわせ持つ。2023年に東京証券取引所が資本コストを意識した経営を要請してPBR1倍割れへの関心が一気に高まったことも、こうした企業への圧力を強めた。京急もまた、豊かな含み益と1倍割れのPBRという狙われやすい輪郭を備えていた[5]。
決断
旧村上ファンド系の接近
2024年12月、旧村上ファンド系の投資会社が京急と京成電鉄という関東私鉄大手2社の株式を取得したことが報じられた。京急株を買い始めたのは同年10月以降とみられ、11月8日提出の半期報告書の大株主に旧村上ファンド系の名はなく、保有比率はあと少しで5%を超える水準に近づいていた。京急は「基本的に特定の株主に関することは回答を差し控えさせていただいている」と応じたが、剛腕で知られる相手の来訪に、内心では警戒を強めていた[6]。
市場が想起したのは、2006年の阪急による阪神電気鉄道の買収である。村上ファンドが阪神の筆頭株主となったのを機に、阪急ホールディングスが阪神株のTOBに乗り出し、ライバル関係にあった両社が阪急阪神ホールディングスへと一つになった。京急と京成は営業収益や総資産の規模が似通い、ともに空港アクセス線を抱える。この相似から、旧村上ファンド系が「京急と京成は一緒になれ」と経営統合を迫るのではないか、あるいは増配・自己株買い・不動産売却をふっかけるのではないか、という見方が浮かんだ[7]。
大量保有報告と保有比率の上昇
圧力は数字となって表面化した。2025年2月20日、旧村上ファンド系のシティインデックスイレブンスが京急株の5.11%を保有したとする大量保有報告書が、関東財務局に提出された。保有目的は「投資及び状況に応じて経営陣への助言、重要提案行為等を行うこと」とされ、単なる純投資にとどまらない関与の意思がにじんでいた。保有比率はその後も伸び、3月に6.02%、7月には9.14%へと高まった。7月時点では、村上世彰氏の長女である野村絢氏の関連会社ATRAが6.95%、野村氏個人が2.19%を持つ内訳であった[8][9]。
大量保有の判明は株価も揺らした。経営改革や株主還元の強化を求める要求が強まるとの思惑から買いが先行し、京急株は前日終値の1530円から一時1606円50銭まで上げ、昨年来高値を更新した。ただ上げたところで既存株主の利益確定売りに押され、株価は乱高下した。旧村上ファンド系の存在そのものが、京急の潜在価値に市場の目を向けさせる触媒となっていた[10]。
結果
総合経営計画のアップデートと自己株式取得
京急は特定株主への論評を避けつつ、資本政策の見直しをみずからの手で進めた。2024年5月に公表した「京急グループ第20次総合経営計画」について、IR・SR活動を通じて目標経営指標と資本市場の期待との間に乖離があると認め、2025年5月に内容をアップデートした。目標指標の水準を引き上げて達成時期を明確にし、不動産事業戦略の強化、各事業の資本収益性の改善、資本政策の更新を打ち出した。品川の含み益を収益へ変える道筋を、経営の言葉で示す試みであった[11]。
株主還元でも踏み込んだ。配当性向40%程度を目安に配当を行うほか、利益水準や投資計画を勘案して自己株式の取得も機動的に行う方針を掲げ、2025年度には100億円の自己株式を取得した。高輪3丁目地区の開業までのキャッシュアロケーションを描き、株主還元の強化を計画に組み込んだ。株主提案や委任状争奪といった正面衝突には至らないまま、京急は圧力の突いた論点である資本効率の改善へ、自身の裁量で歩を進めていた[12]。
- 週刊東洋経済 2024年12月14日号「ニュース&トピックス最前線 京急と京成に照準定めた旧村上ファンドの思惑」
- 週刊東洋経済 2024年6月29日号「【第1特集 仁義なき企業買収】PART2 火の粉 『物言う株主』に狙われる企業ランキング/不動産の含み益がターゲットに」
- 日本経済新聞(2025年2月20日)「京急株、旧村上ファンド系シティインデックスイレブンスが5.11%を取得」
- 日本経済新聞(2025年2月21日)「京急株価、乱高下 旧村上ファンド系大量保有も利益確定」
- 日本経済新聞(2025年7月6日)「京急株、旧村上ファンド系らが買い増し 保有比率9.14%に」
- 京浜急行電鉄 有価証券報告書(2024年3月期・連結)
- 京急グループ統合報告書2025