津室隆夫氏の登板は、大林一族が45年守ってきた社長の椅子を初めて血縁のない人物に譲った判断であった。バブル期の建設需要に沸くさなかに断行された点で、危機対応としての世代交代ではなく、創業100周年を見据えた企業イメージの刷新として、余裕のあるうちに着手した承継であったと推察される。CI導入という象徴的な演出を伴わせたことも、この判断が単なる人事にとどまらず、会社の見え方そのものを変える意図を含んでいたことを示している。
もっとも、その後の展開が示すのは、社長職の非同族起用が定着する一方で、大林剛郎氏が副社長・副会長・会長として経営の中枢に一貫して残り続けたという事実である。剛郎氏は津室氏が社長に就任した1989年に副社長、次の交代があった1997年に副会長、そして2003年に会長へと昇っており、社長は血縁の外へ、経営の要は血縁の内にという二重構造がその後も長く続いた。大林組の"脱同族経営"は、社長という一つの役職の開放として読むのが実態に近いと思われる。