森ビル フロー収益型融資への転換 取引銀行へ差し入れた担保の解除と、グループ収益力を裏づけとする借入への転換
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何をなぜ決めたか
- 概要
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1975年ごろ、森ビルが借り入れのために取引銀行へ差し入れていた土地・建物の担保をはずし、資産ごとの担保設定ではなくグループの収益力を裏づけに融資を受ける方式へ切り替えた財務判断。あわせて株式公開を選ばず、非上場のまま長期先行投資型の再開発を続ける方針をとった。
- 背景
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不動産賃貸業は土地を仕入れてからビルを建てる先行投資型で、事業が拡大するほど資金需要も増す。上場企業と違って資金調達が銀行借り入れに限られるため、金利負担が重く、表面の投資効率は低く見えた。
- 内容
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既存ビルの収支データを手に銀行と交渉を重ね、グループ全体を1つのプロジェクトと考えて融資してほしいと説得した。合意までに2年ほどを要し、1995年時点でも日本開発銀行の融資を除いて借入金は無担保であった。借入金の総額から現預金を差し引いたネットの借り入れを収益の5倍以内に抑える独自の基準も設けた。
- 含意
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1994年12月期の有利子負債総額は営業収益の7倍以上の7700億円に達し、自ら定めた基準を超えた。土地の含み益はピークの1兆5000億円から1000億円台まで目減りしたが、フローを意識した経営はバブル経済に翻弄された不動産業界のなかでは例外的とされた。
いつ何が起きたか 5件
筆者の見解
「いいとこ取り」という批判
1975年ごろに森ビルが外したのは、取引銀行へ差し入れていた土地・建物の担保であった。資産を一つひとつ担保に入れる代わりに、グループ全体を1つのプロジェクトと考えて融資してほしいと銀行を説得し、条件をのませるまでに2年ほどかかっている。不動産賃貸業の営業収益は営業原価が小さく粗利に近い。その収益で借入を返す設計に替えたことが、20年後に土地の含み益がピークの1兆5000億円から1000億円台まで落ちたとき、財務を持ちこたえさせた要因の一つになっただろう。
ただし、この財務が万全だったわけではない。1994年12月期の有利子負債は営業収益の7倍以上の7700億円に達し、自ら定めた5倍以内という基準をすでに超えていた。広く投資家から資金を集めるなら、上場企業並みに経営の情報を開示し、株主として意見も聞く必要がある。森ビルが避けたのは短期志向の株主というより、その開示と説明の負担であったのかもしれない。
Yutaka Sugiura, 2026年8月
業績の推移
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参考文献
- 日経ビジネス 1995年8月7日・14日号
- 森ビル 有価証券報告書【沿革】
- 日経ビジネス 1992年3月30日号
- 日経ビジネス 1990年9月10日号