森ビル 六本木ヒルズの竣工 用地の自社取得から地権者参画・床売却への切り替え

更新:

時期 1995年8月
論点 再開発における投資負担の持ち方
何をなぜ決めたか
概要

敷地面積11万平方メートルの六本木六丁目地区で、森ビルが用地を自ら取得する方針を改め、より多くの地権者が参画する形へ切り替えた経営判断。完成後の床も自社保有ではなく投資家への売却と運営料の収受をめざし、2003年4月に六本木ヒルズが竣工して本社も同地へ移った。

背景

アークヒルズでは最終的に敷地の4分の3を森ビルが取得したが、土地の含み益がピークの1兆5000億円から1000億円台まで目減りし、土地を大量に仕入れて開発する従来の手法は使えなくなっていた。

内容

六本木では保有を3分の1に抑える方針を森稔社長が示し、完成後のオフィス床も高層化して売却し事業費を賄う形をとった。機関投資家などと共同出資した会社が床を購入・賃貸し、その利益を投資家へ配当する共同投資方式も併用した。

含意

開業から1年に満たない2004年3月、森タワーの自動回転ドアで児童が死亡する事故が起き、警視庁捜査1課が森ビルと三和シヤッター工業を業務上過失致死容疑で家宅捜索した。森稔社長が示した方針は 『回転扉はもう使わない』 であった。

いつ何が起きたか 5件
筆者の見解
筆者の見解

投資を抑える設計と、細部を決める経営

アークヒルズで敷地の4分の3を取得した会社が、六本木では3分の1に抑えたいと言うようになった。土地を買い集めて開発利益を独占する形から、地権者と投資家に負担を分ける形へ、事業の組み立てそのものを変えたことになる。含み益がピークの1兆5000億円から1000億円台まで落ちた会社にとって、10年単位の再開発を続ける道はこれしか残っていなかったと思われる。買わないことを選んだ結果、森ビルの仕事は土地を持つことから街を運営することへ寄っていった。

ただし、投資を抑える設計と、細部まで自ら決める経営は同居していた。高層階の美術館や商業スペースでは、人の動きを妨げるという森稔社長の一声でエレベーターや階段が急遽撤去され、超高層マンションの外壁の色にも注文がついている。開業から1年に満たないうちに自動回転ドアで児童が死亡し、警視庁は森ビルと三和シヤッター工業を家宅捜索した。建物の細かな点まで自ら納得しなければやり直させる仕事の運びが、年間に数千万人を迎える施設の安全という要求とかみ合っていたとは言いがたい。

Yutaka Sugiura, 2026年8月

業績の推移
同じ問いに直面した会社

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収益モデルの転換2003年伊勢丹新宿本店ブランド区画の撤去、本館改装への150億円の投入売り場の編集権と改装投資の順序
1996年オリエンタルランド既存パークの増設ではなく、第2パークとホテル・モノレールの同時建設で滞在型リゾートへ移る選択単一パークの集客の頭打ちと第2パークへの巨額投資
2014年三菱倉庫日本橋の物流拠点を建て替え、賃貸オフィスとして収益を得る形への切り替え都心用地の活用と不動産事業の拡充
2015年ネクステージ大型ワンストップ店フォーマットへの転換と、借入による規模拡大店舗フォーマットと成長の資金構造
1988年三菱地所構想発表と、初代丸ビルの建て替えによる複合都市への転換丸の内のオフィス街を商業と混ぜた複合都市へ組み替える建て替え
大型設備投資1986年東燃ゼネラル石油経営会議の組織風土の立て直しと、遊休地を収益源に変える新規事業の立ち上げ組織風土の改革と、石油以外の収益源の確保
2008年TBSホールディングス赤坂再開発による不動産事業化放送外収益源の確保と自社用地の事業化
2011年さくらインターネット都市型の立地を捨てて郊外型の大規模拠点へ切り替える選択データセンターの立地と設備投資
2013年商船三井スポット運賃で稼ぐ不定期船経営からの脱却と、収益構造の安定化市況リスクの取り方と収益の安定化
2014年パナソニックギガファクトリーへの生産設備ごとの踏み込みと、電池の主力の家電向けから自動車向けへの転換事業構造の転換と成長投資
参考文献
出典・参考
  • 日経ビジネス 1995年8月7日・14日号
  • 日経ビジネス 2004年4月5日号
  • 森ビル 有価証券報告書【沿革】

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