伊勢丹新宿本店メンズ館の全面改装とブランド区画の撤去、本館改装への150億円の投入

増床せず中身だけを入れ替える改装で、伊勢丹はなぜ取引先ブランドの反対を押して仕切りを取り払ったか

時期 2003年9月
意思決定者(推定) 武藤信一 社長
論点 売り場の編集権と改装投資の順序
概要
2003年9月、伊勢丹は新宿本店のメンズ館を増床せずに全面改装し、館ごとロゴと什器を統一してブランドごとの仕切りを取り払った。武藤信一社長は取引先ブランドの反対を押して壁を崩し、2006年2月には当面2年の売上高の伸びをゼロと置く「10年ビジョン」を公表して、本館の改装に150億円を充てる計画を示した。
背景
新宿本店の縮小版を支店につくる試みを1999年にやめた伊勢丹は、単体売上高の57%を占める新宿本店に投資を集めるほかなかった。男性向けの売り上げは女性が代わりに買う代理購買で成り立ち、ブランドごとに仕切られた箱の前を、男性客はすっと通り過ぎて終わっていた。
内容
1968年9月に開設した新宿店新館の中身だけを入れ替え、ロゴと什器の統一とブランドの壁の撤去によって、百貨店が自ら編集する平場を広げた。世界中のブランドホルダーは最初は猛烈に嫌だと言い、武藤社長には「ダメだったらすぐ戻してくれるか。一筆書いてくれ」と念を押した。
含意
増床という分かりやすい投資に頼らず、売り場の編集権をアパレルから百貨店の側へ引き寄せた。開業2年後には来店者の53%が男性を占め、東京地区の百貨店の紳士服部門で25%程度のシェアを得た。婦人服の本館へ同じ手を広げる構想は、この時点では詳細が煮詰まっていなかった。
筆者の見解

床を増やさずに売り場を取り戻す

「ダメだったらすぐ戻してくれるか。一筆書いてくれ」。ブランドホルダーが武藤信一社長に求めたのは、失敗したときの復元の保証であった。伊勢丹が2003年に選んだのは床を増やすことではなく、1968年に開けた館の中身だけを組み替え、ブランドごとの箱を崩して売り場の編集権を百貨店の側へ引き寄せることであった。増床なき改装は成功しないと言われた時期であり、勝ち目の見えにくい側に踏み込んだ工事であった。来店者の53%が男性という結果は、後から付いてきた。

もっとも、同じ手が婦人服で通るかは、この時点では決まっていない。婦人フロアの自主編集売り場は観測にとどまり、著名ブランドの力はなお絶大で詳細は煮詰まらず、一体再開発の構想も松竹の先行発表で流れた。新宿本店が単体売上高の57%を占める偏りは、本館へ150億円を投じるほど強まる。それでも2年分の伸びを捨てられたのは、優待率10%と7%の客30万人がアイカードの買い物1,900億円を支え、一時の売り場閉鎖では離れないと読めたからだとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

新宿本店に投資を集めるほかない

伊勢丹は1990年代を通じて、支店を新宿本店の縮小版に仕上げようと延々と試みてきた。その試みを1999年にやめている。世界一のファッションデパートと呼ばれる新宿の店は、ファッションの好みに優れた客が一カ所へ大量に集まってはじめて成り立つ店であり、同じものを縮めて地方に置くことはできない。支店は、生活に関わるすべての品を買ってもらう地域一番店に改めた[1]

支店を新宿の写しにする道を閉じたことは、新宿本店そのものに手を入れるほかないという意味でもあった。新宿本店は単体売上高の57%を占め、本店偏重との声もついていた。改装の的となったメンズ館は1968年9月に新宿店新館として開いた建物で、2003年には35年を経ている。連結売上高は2002年3月期の6,157億円から2004年3月期の6,148億円までほぼ横ばいで、2004年3月期は31億円の当期純損失を計上した[2][3][4]

代理購買と「箱」

男性向け売り場を立て直さなければならないという動きは、1996年ごろから社内で始まっていた。1990年代の伊勢丹は、投資に対するリターンが婦人服のほうが大きいうえに速いという前提で婦人に期待をかけており、男性市場は後回しに置かれた。しかも店頭の男性向けの売り上げは、女性が代わりに買う代理購買で成り立っていた。実際に身につける男性客には、伊勢丹の思いが伝わりにくい[5][6]

男性が売り場を歩きたがらない理由も、はっきりしていた。本屋も喫茶店もなく、妻の買い物に付き添う男性には時間を潰す場所がない。服はブランドごとに仕切られた箱に収まっており、ある箱に入って出て隣に入るという歩き方は男性にはとりづらく、たいていは前をすっと通り過ぎて終わる。ブランドごとのショップの仕切りが高すぎるという不満を、男性客は以前から抱えていた[7][8]

決断

増床せず中身だけを入れ替える

新宿本店メンズ館は、2003年9月に全面改装で開業した。面積が変わらない改装は成功しないと当時は言われ、メンズ市場も非常に冷え込んでいたため、そこへ資金を投じてよいのかという批判も受けた。それでも武藤信一社長がいちばん重要だと考えたのは、店に入ってもどの百貨店か分からない売り場が並ぶなかで、伊勢丹が今後どういう百貨店になるのかを決めることであった。2003年はそれを求められる時期であったと、武藤社長は述べている[9]

改装の中身は、館を丸ごと一つの店として組み直すものであった。ロゴと什器を館全体で統一し、ブランドごとの壁も取り払う。百貨店の改装としては異例で、Jプレスでジャケットを買った客が隣のニューヨーカーでシャツを合わせることもできる。箱を崩した売り場は、百貨店が自ら編集する平場の充実につながった。二人で来て二時間後に待ち合わせる男性が時間を潰せる館という条件も、この設計で満たしている[10][11]

「一筆書いてくれ」

壁の撤去に対して、世界中のブランドホルダーは最初は猛烈に嫌だと言った。そのうえで、そういうことは重要だと趣旨は認め、武藤社長には「ダメだったらすぐ戻してくれるか。一筆書いてくれ」と求めた。売り場の見せ方を握ってきた側が反対を降ろす条件は、失敗したときに元へ戻すという明確な約束であった。伊勢丹は自社の売り場の設計を、取引先への保証と引き換えに通した[12]

各ブランドの壁を取り払ったのは取引先へ無理やり強要したように聞こえる、と武藤社長は自ら認めている。それでも、客の要望を形にするためにはやらなければならなかった、と続けた。売り場の主導権をどちらが握るかという争いではなく、客の歩き方に合わせる工事だという説明であった。開業から半年後にメンズ担当者を連れて欧州を回ると各ブランドは喜び、アルマーニとの話し合いは2時間半に及んだ[13]

目先の売り上げを捨てる

2006年2月、伊勢丹は「10年ビジョン」を公表した。前期の営業利益は前々期比56%増の300億円が確実視される好調のなかで、今期と来期の売上高の伸びをあえてゼロと置く計画であった。10年で2,000億円を投じ、うち戦略投資と決めた500億円から、まず150億円を新宿本店本館の改装に充てる。メンズ館の改装費の3倍を超える工事で売り場の閉鎖が避けられず、伸びは見込めないという前提であった[14][15]

2年分の伸びを捨てられた土台は、優待客の構成にあった。伊勢丹アイカードの優待率は基本5%で、年間20万円以上の買い上げで7%、100万円以上で10%になる。10%の客が約3万人、7%が27万人の計30万人で、アイカードによる買い物2,400億円のうち1,900億円を占めていた。広域にチラシをまいて一時に客を集めるより、何度も足を運ぶ客の要望に応えるほうがよい、と武藤社長は考えていた[16][17]

結果

男が自分で買う館になる

開業から2年が経った2005年末、メンズ館の来店者のうち53%を男性が占めた。東京地区の百貨店の紳士服部門でメンズ館のシェアは25%程度に達し、4人に1人がここで買っている。2006年3月期のメンズ館の売上高は5%増の410億円という見込みで、武藤社長はこの数字を上回りそうだと述べた。前期の売上高の伸びは10%強に達し、婦人服の本館を合わせた新宿本店は新宿地区で4割超のシェアを占めた[18][19]

1階のジュエリー売り場では平均3万円前後を払う若い男性が指輪を選び、隣の化粧品売り場には肌の手入れの指南を受ける中年男性が入った。他の百貨店も男性向け売り場に資金を投じ、2005年夏のクールビズも重なって新たな需要が生まれたと武藤社長はみている。連結営業利益は2005年3月期の192億円から2006年3月期に301億円へ伸び、2008年3月期には334億円に達した[20][21][22]

婦人服に同じ手は通るか

次の的は、単体売上高の5割超と粗利益の6割を稼ぐ本館であった。売り場面積6.4万平方メートルのうち3分の2近い4万平方メートルを、増床せずに改装する。2005年8月に食品フロアの工事から入り、2008年春に開業する地下鉄13号線に合わせてグランドオープンする計画であった。本館の真下にできる新宿三丁目駅の乗降客は4割程度増えると見込まれ、埼玉南西部や横浜からの客の流入口になる[23][24]

婦人フロアにもメンズ館と同じ自主編集売り場を構想しているという観測が流れた。実現すれば大手アパレルの手から百貨店が売り場の主導権を全面的に取り戻すが、婦人服の著名ブランドの力はなお絶大で、詳細は煮詰まっていなかった。周辺を含む一体再開発も、松竹が松竹会館を単独で建て替えると2006年3月初めに先行発表したため流れた。新宿駅南口に高層ビルを構想するJR東日本については、伊勢丹の役員が昔より相当な脅威だと語っている[25][26][27]

出典・参考
  • 週刊東洋経済 2005年12月24日号「伊勢丹社長 武藤信一 なぜ「メンズ館」は大成功を収めたか」
  • 週刊東洋経済 2006年4月29日号「目先の売り上げは要らない 「勝ち組」伊勢丹の本気 新宿戦争“戦闘態勢”」
  • 伊勢丹 有価証券報告書【沿革】
  • 伊勢丹 有価証券報告書(2004年3月期・連結)
  • 伊勢丹 有価証券報告書(2008年3月期・連結)

免責事項およびポリシー