阪急百貨店の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

駅の乗降客を足場に、売場を建て増し、店の外へ売り先を広げた。開業後も梅田の増築は止まらず、1931年12月の第2期、1932年11月の第3期、1936年3月の第4期(東館)を経て延面積は1万7,000坪に達した。並行して1932年12月に通信販売を始め、1934年12月には外売をしないと掲げた2年前の大方針を改めて呉服の外売を始めている。第2期増築から呉服の経験者を入れ、店員から外売員を育てたことが、この転換の前提である。1936年4月には三宮に神戸支店を開設し、駅と百貨店を結ぶ梅田の組み立てを神戸の都心へ移した。

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