上場企業の経営論点

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外的危機への対応

外的危機は、燃料と原料の調達価格、資金の出し手、需要の三つの経路で企業に波及する。どの経路の前提も、平時には動かせない。燃料の構成は長期契約と設備投資で先々まで決まり、資本の構成は取引先との株式の持ち合いで固定されている。危機はこうした前提のいずれかを崩す。

石油危機が最初の例である。原料価格の上昇は取引の連鎖を通って末端まで波及し、単独で吸収できる会社はなかった。崩れたのは価格ではなく、燃料と原料を必要なだけ安く調達できるという前提だった。九州電力は玄海1号機で原子力を先頭に置く電源構成へ組み替えた。需要側では、コクヨが受注残240億円を全件撤回している。受注残は危機前の価格で契約されており、そのまま納入すれば損失が確定した。したがって価格の前提を改めるには、契約を白紙に戻すほかなかった。

転換に失敗した企業も出た。安宅産業はカナダの製油所への傾斜投資で破綻し、救済した住友銀行は背負った1,132億円を一度に償却した。

次に崩れたのは、資産の含み益が支払い能力を裏づけるという前提である。含み益とは時価が帳簿価額を上回る差額で、決算書に現れないまま融資の裏付けと見なされ、価格が下がれば帳簿に一度も載らないまま消える。住友銀行は1995年3月期に不良債権8,000億円を一括処理し、都市銀行で初の赤字を計上した。含み益を当てにする経営を続けるかぎり、次の下落でまた同じ規模の損失が現れる。

リーマンショックが問うたのは事業の構成だった。需要が一斉に消える局面では、抱える事業の数がそのまま損失の発生源の数になる。日立製作所は総合電機路線から転換した。新型コロナは移動需要を断ち、ANAホールディングスは公募増資で自力再建を選んだ。東日本旅客鉄道はSuicaの事業を鉄道と並ぶ経営の軸とする体制へ移行し、輸送人員に連動しない収益源を加えた。

危機のたびに入れ替わったのは、燃料構成、資本構成、事業構成という平時には動かせない部分である。つまり需要が戻っても、企業は危機の前の姿には戻らない。

財務諸表のどこを見るか

最初に連結キャッシュ・フロー計算書の営業活動区分と、現金及び現金同等物の期末残高を見る。外的危機はまず入金の途絶として現れ、手元資金が何カ月分あるかで選べる手段が決まるためである。次に財務活動区分の長期借入れによる収入と株式の発行による収入を追い、資本金・資本剰余金の増加額から増資の規模を測る。損益では特別損失の災害による損失・事業構造改善費用と、休止した設備の減価償却費をどの区分に載せたかを読む。継続企業の前提に関する注記や重要事象等の記載があれば、経営者が何を回復の条件に置いたかがそこに書かれている。

2020年代

2025年FPG不動産小口化商品の販売停止令和8年度税制改正大綱を受けた主力商品の販売一時停止と、投資運用商品としての立て直し2025年三菱商事秋田・銚子沖の洋上風力撤退総取りした国内洋上風力3海域からの撤退2024年江崎グリコ基幹システムの全面移行342億円を投じた入れ替えが招いた、チルド商品の出荷停止と75億円の営業減益2024年IHIGTF応分負担で過去最大赤字航空エンジンへの経営資源の集中が招いた過去最大の損失計上2023年T&DHDフォーティチュード投資損計上米金利急変が突いた連邦型の弱点──2期2022年寿スピリッツインバウンド消失下のV字回復コロナ禍からのV字回復と営業利益率24%——観光動線を削らずに保った収益力2022年飯田GHDRFPグループを買収ロシア極東の林業大手19社の取り込みと、侵攻直後の暗転2022年塩野義製薬ゾコーバの緊急承認取得新型コロナ経口薬をめぐる、承認前からの生産着手という賭け2022年リゾートトラストホテルトラスティ6施設譲渡一般向けホテル事業のスターアジアグループへの売却による事業の集約2022年太平洋セメントセメント価格を値上げ石炭サーチャージ撤回後の1トン3000円の直接転嫁2021年青山商事リーバイス事業撤退コロナ禍での159店の統廃合と、創業以来初の希望退職2021年東日本旅客鉄道Suica軸の二軸経営へ転換2期で6,700億円を失った後の、二軸経営への組み替え2021年西日本旅客鉄道コロナ禍での資本増強JRグループ初の公募増資2786億円と「鉄道一本足」からの構造転換2021年西武HD西山隆一郎氏が社長就任コロナ禍の純損失723億円を経た代表取締役2名体制への移行とアセットライトの継承2020年タイミーコロナで物流求人へ転換求人主力の飲食から物流への転換と、倉庫内軽作業の開拓2020年パソナG本社機能の一部を淡路島へ移転災害への備えと島の雇用づくりを兼ねた、東京からの人と仕事の分散2020年デンカコロナ検査キットの量産化デンカ生研の本体統合による検査試薬の内製化2020年三井不動産東京ドームの買収読売新聞グループと提携したTOBによる完全子会社化2020年ANAHDコロナ禍の公募増資で再建過去最大級の資本調達と事業構造改革による自力再建の選択

2010年代

2000年代

2009年ドリームインキュベータファンド組成型への転換投資規律の厳格化と、株式市況に左右されない収益構造への組み替え2009年日立製作所社会イノベーション事業への集中製造業最大の赤字を受けて上場子会社を取り込み、主力事業に集中した再建2009年サイゼリヤ為替デリバティブの一括解約含み損の先送りを避けた解約損の一括計上と、無借金経営の放棄2009年加賀電子英・チェコに新会社設立金融危機を「創業以来、最大のチャンス」と読み、M&Aと海外拠点を同時に増やした方針2009年東京センチュリー東京リースとの合併リーマン破綻の2週間後に決めた2007年日本製鋼所室蘭製作所を原子力向けに増強製鋼・鍛錬設備の増強と、原子力発電向け大型鍛鋼への傾斜2006年ニチアスアスベスト製品を全廃国内外での含有製品の製造・販売の全面終了2005年カカクコム価格.com不正アクセス事件発覚を受けたサイトの全面閉鎖と、事業継続より信頼回復を採る選択2005年クボタ旧神崎工場の石綿公表疾病の自主公表と、周辺住民への見舞金・救済金の支払い2004年パイオニアNECのプラズマ事業買収規模拡大への賭けと、それと重なったデジタル家電の価格急落2004年吉野家HD米国産牛肉で牛丼販売休止輸入停止を受けても代替調達に踏み切らず、主力商品の販売を休止した選択2003年住友金属工業新日鉄と資本提携神戸製鋼所を加えた三社での相互出資と、国内鉄鋼再編に向けた足場固め2001年アスクルEC期待による株高の反動業績予想の下方修正を機にした、顧客拡大優先から利益重視への転換2000年参天製薬異物混入脅迫による全品回収脅迫を受けた一般用目薬24品目の全品回収

1990年代

1998年レナウンアパレル不況下の全権委任外様の会長への全権委任と、役員全員による辞職届の提出1998年日商岩井エヌ・アイ・ファイナンス整理金融子会社の清算と、特別損失1610億円の計上1998年さくら銀行三井物産・トヨタへ増資要請公的資金に先立つ三井グループ各社への約3000億円の増資要請1998年富士銀行第一勧業富士信託に譲渡会社分割による財産管理3部門の切り出しと、その営業譲渡1998年アスキーCSKからの出資受け入れCSKの資本参加と、興銀主導の再建からグループ傘下への転換1997年楽天G興銀出身者が仮想商店街創業銀行を辞した31歳が月5万円で始めたインターネット上の商店街1995年住友銀行8000億円の不良債権償却1995年3月期での一括処理に踏み切った結果としての、都市銀行初の経常赤字の計上1994年三洋証券野村證券グループの支援系列ノンバンクの債務保証を抱えたままの、増資と劣後ローンによる延命1993年横河電機解雇によらない構造改革人員整理に頼らずに進めた収益構造の立て直しと、雇用を守る経営路線の選択1992年ミノルタハネウェルとの特許和解陪審評決を受けて控訴を見送り、1億2,750万ドルを支払う決着1991年日本興業銀行東洋信金事件の焦げ付き架空の預金証書を担保とした料亭経営者への2400億円融資1991年山一證券飛ばし損失のペーパーカンパニーへの簿外移転取引先の含み損の自社への引き取りと、関係会社のペーパーカンパニーへの隠蔽1990年セイコーエプソン洗浄工程のフロン全廃規制の削減日程に先立つ前倒しの決定と、外注企業まで含めた切り替え

1980年代

1970年代

1979年竹内製作所米国現地法人の設立円高下でも引き揚げなかった北米残留1979年NTN等速ボールジョイントで回復守りから攻めへの転換と、需要変動に合わせて生産量を調整する体制の立て直し1979年京成電鉄石油ショック後の経営危機経営危機がもたらした川崎体制の終焉1978年東北電力日本海エル・エヌ・ジー設立石油専焼火力への依存を改めるLNGへの燃料転換1977年ニチロ北洋漁業の縮小で陸上転換二百カイリ規制を受けた漁労依存からの脱却と、加工・畜産事業への軸足移動1977年日本毛織アルゼンチン子会社の存続度重なる政変とクーデターをくぐり抜けた海外拠点の維持1977年安宅産業NRC製油所への投資破綻単一事業への傾斜投資が招いた、戦後最大級の商社破綻1977年住友銀行安宅産業支援の全額償却救済で背負った1132億円を先送りせず一度に処理する道の選択1976年東燃ゼネラル石油石炭液化分野へ進出石油精製専業からの多角化と、エンジニアリング事業の立ち上げ1976年大同特殊鋼日本特殊鋼と3社合併特殊製鋼を加えた3社の合流と、大同特殊鋼への商号変更1976年三井物産イラン石油化学IJPCの続行凍結論を退けて続けた末に、1,300億円の計画は7,400億円へ増加した1975年日東電工三新活動の導入新製品比率30%を常設の規律とした三新活動1975年スターツコーポレーション土地在庫のゼロ化オイルショック下での保有用地の売却と、地価が下がりきるまでの建売停止1975年九州電力玄海1号機による電源多角化石油に依存しきった発電構成から抜け出すための、原子力を先頭に据えた組み替え1975年日本国有鉄道スト権奪還ストの中止要請条件付きで争議権を認める案の表明と、実力行使への歯止め1974年日本光電工業危機突破2-4作戦無配転落下での減量経営「」と、復配目標「0、1、2、3計画」の設定1974年コクヨ実需に合わせた受注の取り直し受注残240億円の全件白紙撤回と紙製品の3割減産、三事業部制への移行1974年東京エレクトロン電卓・カーステレオからの撤退消費財輸出からの全面撤退1974年三井不動産三井ホームなど2社を設立住宅建築と浚渫埋立の別会社化、他社の資本と技術を借りる経営への転換1974年北海道電力苫東の石油火力構想を撤回600万kW級の大型計画を取り下げ、石炭を軸とした電源構成への組み替え1972年日揮HDアルジェリアで巨額損失大赤字を機とするコスト・プラス・フィー方式への転換1972年三井金属イタイイタイ病賠償受諾控訴審敗訴を受けた責任の全面的な引き受けと、公害防止協定・土壌復元の締結

1960年代

1950年代

1940年代

1949年雪印乳業雪印乳業と北海道バターに分割集中排除法による会社分割指令への抵抗と、裏金を拒んだ指定解除運動1949年日油東京証券取引所へ上場企業再建整備法に基づく第二会社としての分離独立と、日本油脂の再設立1948年日東電工日立との資本提携解消全額出資を受け入れていた関係の清算と独立経営への回帰1947年日本セメント浅野一族が役員退任財閥解体に伴う創業家の経営からの退場と、社名を変更した新体制への移行1946年旭化成日窒コンツェルンから独立母体からの分離と、旭化成工業への商号変更による再出発1946年メディパルHD地方開拓日誌と支店網の構築得意先52軒から全県下へ広げた販売と復員者の全員受け入れ1945年TOYOTIRE平野護謨と合併し発足ゴム二社が一つとなり、東洋ゴム化工から東洋ゴム工業へと改まった出発点1945年大和工業川西航空機から軌道用品へ終戦にともなう軍需協力工場から国鉄・私鉄向け軌道用品事業への全面転換1945年ミズノ闇取引の全面禁止軍需資材の転用による公定価格での事業再開1945年ふくおかFG十七・筑邦ら4行の合併一県一行主義に沿った県内各行の新立合併による地盤の一本化1945年大阪ガス神戸ガスなど14社を合併京都を含む近隣事業者の吸収による近畿2府4県一元供給への移行1945年南満洲鉄道ソ連軍管理の受け入れ終戦後の全社員の職場確守と全事業財産の管理・使用権の引渡し1942年東急「大東急」の形成戦時交通統合による戦後の解体1941年ダイワボウHD大和紡績を設立紡績ブロック結成案に応じて4社が1社に合わさる統合

1930年代

1920年代

再建と危機のほかの論点

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