上場企業の経営論点>再建・危機対応

外的危機への対応

外的危機への対応は、需要の回復を待つのではなく、危機が壊した前提そのものを取り替える方向で決着してきた。石油危機は燃料の調達条件を覆し、九州電力は玄海1号機で原子力を先頭に置く電源構成へ組み替えた。需要側ではコクヨが受注残240億円を全件撤回し、安宅産業はNRC製油所への傾斜投資で破綻、住友銀行は救済で背負った1,132億円を一度に償却した。同行は1995年3月期に不良債権8,000億円を一括処理し、都市銀行で初の赤字を出した。リーマンショックは事業構成を問い、日立製作所は総合電機路線から転換した。新型コロナは移動需要を断ち、ANAホールディングスは公募増資で自力再建を選び、東日本旅客鉄道はSuicaを二本目の柱に据える二軸経営へ移った。平時には動かせない燃料構成と資本構成が危機のたびに入れ替わり、企業は元の姿へ戻らないまま次の需要期に入った。

財務諸表のどこを見るか

最初に連結キャッシュ・フロー計算書の営業活動区分と、現金及び現金同等物の期末残高を見る。外的危機はまず入金の途絶として現れ、手元資金が何カ月分あるかで選べる手段が決まるためである。次に財務活動区分の長期借入れによる収入と株式の発行による収入を追い、資本金・資本剰余金の増加額から増資の規模を測る。損益では特別損失の災害による損失・事業構造改善費用と、休止した設備の減価償却費をどの区分に載せたかを読む。継続企業の前提に関する注記や重要事象等の記載があれば、経営者が何を回復の条件に置いたかがそこに書かれている。

2020年代

2025年 FPG 不動産小口化商品の販売停止 令和8年度税制改正大綱を受けた主力商品からの撤収と、保有者への特別解約措置 2025年 三菱商事 秋田・銚子沖の洋上風力撤退 総取りした国内洋上風力3海域からの撤退 2024年 江崎グリコ 基幹システムの全面移行 342億円を投じた入れ替えが招いた、7カ月に及ぶチルド商品の出荷停止 2024年 IHI GTF応分負担で過去最大赤字 航空エンジンへの経営資源の集中が招いた過去最大の損失計上 2023年 T&DHD フォーティチュード投資損計上 米金利急変が突いた連邦型の弱点──2期 2023年 ヤマトHD 日本郵便との協業紛争 投函サービスでの協業関係から、履行をめぐる提訴への転化 2022年 寿スピリッツ 河越誠剛のV字回復 コロナ禍からのV字回復と営業利益率24%——観光動線を削らずに保った稼ぐ力 2022年 飯田GHD RFPグループを買収 ロシア極東の林業大手19社の取り込みと、侵攻直後の暗転 2022年 塩野義製薬 ゾコーバの緊急承認取得 新型コロナ経口薬をめぐる、承認前からの生産着手という賭け 2022年 リゾートトラスト ホテルトラスティ6施設譲渡 一般向けホテル事業のスターアジアグループへの売却による絞り込み 2022年 太平洋セメント セメント価格を値上げ 石炭サーチャージ制度の導入表明と撤回を経た、1トン3000円の直接転嫁と収益重視への価格政策の転換 2021年 青山商事 リーバイス事業撤退 コロナ禍での159店の統廃合と、創業以来初の希望退職 2021年 東日本旅客鉄道 Suica軸の二軸経営へ転換 二期で六千七百億円を失った後の、二軸経営への組み替え 2021年 西日本旅客鉄道 長谷川一明の公募増資 JRグループ初の公募増資2786億円と「鉄道一本足」からの構造転換 2021年 西武HD 西山隆一郎への社長交代 新型コロナ禍の純損失723億円を機とした社長交代と「保有と運営の分離」の始動 2020年 タイミー コロナで物流求人へ転換 求人主力の飲食から物流への転換と、倉庫内軽作業の開拓 2020年 パソナG 本社機能の一部を淡路島へ移転 東京一極集中に背を向け、事業の重心を地方へ置き直す分散への踏み切り 2020年 デンカ コロナ検査キットの量産化 デンカ生研の本体統合による検査試薬の内製化 2020年 三井不動産 東京ドームの買収 読売新聞グループと組んだTOBによる完全子会社化 2020年 ANAHD コロナ禍の公募増資で再建 過去最大級の資本調達と事業構造改革による自力再建の選択

2010年代

2000年代

2009年 ドリームインキュベータ ファンド組成型への転換 投資規律の厳格化と、株式市況に左右されない収益構造への組み替え 2009年 日立製作所 社会イノベーション事業への集中 製造業最大の赤字を受けて上場子会社を取り込み、事業を絞り込んだ再建 2009年 加賀電子 英・チェコに新会社設立 金融危機を「創業以来、最大のチャンス」と読み、M&Aと海外拠点を同時に増やした方針 2009年 東京センチュリー 東京リースとの合併 リーマン破綻の2週間後に決めた 2007年 日本製鋼所 室蘭製作所を原子力向けに増強 製鋼・鍛錬設備の増強と、原子力発電向け大型鍛鋼への傾斜 2006年 ニチアス アスベスト製品を全廃 国内外での含有製品の製造・販売の全面終了 2005年 カカクコム 価格.com不正アクセス事件 発覚を受けたサイトの全面閉鎖と、事業継続より信頼回復を採る選択 2005年 クボタ 旧神崎工場の石綿公表 疾病の自主公表と、周辺住民への見舞金・救済金の支払い 2004年 パイオニア NECのプラズマ事業買収 規模拡大への賭けと、それと重なったデジタル家電の価格急落 2004年 吉野家HD 米国産牛肉で牛丼販売休止 輸入停止を受けても代替調達に踏み切らず、主力商品を店頭から下げた選択 2003年 住友金属工業 新日鉄と資本提携 神戸製鋼所を加えた三社での相互出資と、国内鉄鋼再編に向けた足場固め 2001年 アスクル EC期待による株高の反動 株価の急落を受けた、岩田彰一郎社長による原点への引き返し 2000年 参天製薬 森田隆和の目薬全品回収 脅迫を受けた一般用目薬24品目の全品回収

1990年代

1998年 レナウン 水野史郎氏へ全権委任 外様の会長への全権委任と、役員全員による辞職届の提出 1998年 日商岩井 エヌ・アイ・ファイナンス整理 金融子会社の切り離しと、特別損失1,610億円の計上 1998年 さくら銀行 三井物産・トヨタへ増資要請 三井グループ各社への総額約 1998年 富士銀行 第一勧業富士信託に譲渡 会社分割による財産管理3部門の切り出しと、その営業譲渡 1998年 アスキー CSKからの出資受け入れ 95億円の第三者割当増資の引き受けによるグループ傘下入り 1997年 楽天G 興銀出身者が仮想商店街創業 銀行を辞した31歳が月5万円で始めたインターネット上の商店街 1995年 住友銀行 8000億円の不良債権償却 1995年3月期での一括処理に踏み切った結果としての、都市銀行初の経常赤字の計上 1994年 三洋証券 野村證券グループの支援 系列ノンバンクの債務保証を抱えたままの、増資と劣後ローンによる延命 1993年 横河電機 美川英二の解雇なきリストラ 人員整理に頼らずに進めた収益構造の立て直しと、雇用を守る経営路線の選択 1992年 ミノルタ ハネウェルとの特許和解 陪審評決を受けて控訴を見送り、1億2,750万ドルを支払う決着 1991年 日本興業銀行 東洋信金事件の焦げ付き 架空の預金証書を担保とした料亭経営者への2400億円融資 1991年 山一證券 含み損の簿外飛ばし 営業特金で生じた損失を連結対象外の会社へ移した損益の先送り 1990年 セイコーエプソン 洗浄工程のフロン全廃 規制の削減日程に先立つ前倒しの決定と、外注企業まで含めた切り替え

1980年代

1970年代

1979年 竹内製作所 米国現地法人の設立 円高下でも引き揚げなかった北米残留 1979年 NTN 等速ボールジョイントで回復 守りから攻めへの転換と、需要変動に合わせて生産量を調整する体制の立て直し 1979年 京成電鉄 石油ショック後の経営危機 経営危機がもたらした川崎体制の終焉 1978年 東北電力 日本海エル・エヌ・ジー設立 石油専焼火力への依存を改めるLNGへの燃料転換 1977年 ニチロ 北洋漁業の縮小で陸上転換 二百カイリ規制を受けた漁労依存からの脱却と、加工・畜産事業への軸足移動 1977年 日本毛織 アルゼンチン子会社の存続 度重なる政変とクーデターをくぐり抜けた海外拠点の維持 1977年 安宅産業 NRC製油所への投資破綻 単一事業への傾斜投資が招いた、戦後最大級の商社破綻 1977年 住友銀行 安宅産業支援の全額償却 救済で背負った1132億円を先送りせず一度に処理する道の選択 1976年 東燃ゼネラル石油 石炭液化分野へ進出 石油精製専業からの多角化と、エンジニアリング事業の立ち上げ 1976年 大同特殊鋼 日本特殊鋼と3社合併 特殊製鋼を加えた3社の合流と、大同特殊鋼への商号変更 1976年 三井物産 イラン石油化学への参画 撤退の判断がつかないまま膨らんだ巨大プロジェクトの重荷 1975年 日東電工 三新活動の導入 新製品比率30%を常設の規律とした三新活動 1975年 スターツコーポレーション 村石久二の土地在庫ゼロ化 オイルショック下での保有用地の売り切りと、地価が下がりきるまでの建売停止 1975年 九州電力 玄海1号機による電源多角化 石油に頼りきった発電構成から抜け出すための、原子力を先頭に据えた組み替え 1975年 日本国有鉄道 スト権奪還ストの中止要請 条件付きで争議権を認める案の表明と、実力行使への歯止め 1974年 日本光電工業 危機突破2-4作戦 無配転落下での減量経営「」と、復配目標「0、1、2、3計画」の設定 1974年 コクヨ 黒田暲之助の受注残240億円撤回 受注残240億円の全件白紙撤回と紙製品の3割減産、三事業部制への移行 1974年 東京エレクトロン 久保徳雄の消費財輸出撤退 消費財輸出からの全面撤退 1974年 三井不動産 三井ホームなど2社を設立 住宅の企画と販売を担う機能別子会社の分離による、土地依存からの転換 1974年 北海道電力 苫東の石油火力構想を撤回 600万kW級の大型計画を取り下げ、石炭を軸に据えた電源構成への組み替え 1972年 三井金属 イタイイタイ病賠償受諾 控訴審敗訴を受けた責任の全面的な引き受けと、公害防止協定・土壌復元の締結

1960年代

1950年代

1940年代

1949年 雪印乳業 雪印乳業と北海道バターに分割 集中排除法による会社分割指令への抵抗と、裏金を拒んだ指定解除運動 1949年 日油 東京証券取引所へ上場 企業再建整備法に基づく第二会社としての分離独立と、日本油脂の再設立 1948年 日東電工 日立との資本提携解消 全額出資を受け入れていた関係の清算と独立経営への回帰 1947年 日本セメント 浅野一族が役員退任 財閥解体に伴う創業家の経営からの退場と、社名を改めた新体制への移行 1946年 旭化成 日窒コンツェルンから独立 母体からの分離と、旭化成工業への商号変更による再出発 1946年 メディパルHD 地方開拓日誌と支店網の構築 得意先52軒から全県下へ売り歩き、復員者を全員迎えるために営業区域を拡げた三星堂の戦後 1945年 TOYOTIRE 平野護謨と合併し発足 ゴム二社が一つとなり、東洋ゴム化工から東洋ゴム工業へと改まった出発点 1945年 大和工業 川西航空機から軌道用品へ 終戦にともなう軍需協力工場から国鉄・私鉄向け軌道用品事業への全面転換 1945年 ミズノ 水野利八の闇取引全面禁止 軍需資材の転用による公定価格での事業再開 1945年 ふくおかFG 十七・筑邦ら4行の合併 一県一行主義に沿った県内各行の新立合併による地盤の一本化 1945年 大阪ガス 神戸ガスなど14社を合併 京都を含む近隣事業者の吸収による近畿2府4県一元供給への移行 1945年 南満洲鉄道 ソ連軍管理の受け入れ 終戦後の全社員の職場確守と全事業財産の管理・使用権の引渡し 1942年 東急 「大東急」の形成 戦時交通統合による戦後の解体 1941年 ダイワボウHD 大和紡績を設立 紡績ブロック結成案に応じて4社が1社に合わさる統合

1930年代

1920年代

1910年代

再建・危機対応のほかの問い

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