大阪瓦斯の14社合併を、戦時統制に従っただけの受け身の出来事として片づけるのは、その後の歩みを見落とすことになる。統合そのものは国の企業統合の流れに沿ったものであったとしても、結果として近畿2府4県の都市ガス供給が一つの会社へ集約された意味は小さくない。神戸ガスや京都ガスをはじめ散在していた供給の責任を一元化したこの体制が、戦後の関西のエネルギー基盤の骨格になっただろう。
もっとも、この一元化を大阪瓦斯が主体的に選び取ったと言い切ることはできない。合併は終戦の年に国全体の統合方針のなかで進んだものであり、統合直後の供給は資材難と復興需要のはざまで安定にはほど遠かった。それでも、いったん一社へ水平統合された供給網は、後年の天然ガス転換のような2府4県規模のインフラ更新を一つの主体が計画的に担う前提となった。受け身に始まった統合が、長い時間を経て意味を持ち直した一例として読むことができる。