1897年4月、資本金35万円をもって大阪瓦斯が設立された。1905年10月に大阪市内でガス供給を開始し、石炭ガスを原料とするガス灯・ガスかまどの時代から事業が始まっている。大阪の急速な都市化にともないガス需要は拡大を続け、大阪ガスは供給エリアを市内から周辺部へと広げた。都市ガス事業は原料の輸送・貯蔵・製造設備の維持という重いオペレーションを前提とし、需要家の機器にまで踏み込んだ面倒を見る事業形態として関西の生活インフラに深く組み込まれた。電気と並ぶ都市インフラでありながら、原料調達から機器点検までを自前で抱え込む重装備の事業モデルが、関西経済圏の拡大と並走する形で育った時期だった。 [1][2]
1945年10月、戦時統合により神戸ガス、京都ガスなど14のガス会社を合併吸収した。この合併で供給区域は大阪府だけでなく京都府・兵庫県・奈良県・和歌山県を含む近畿2府4県へ拡大し、東京ガスに次ぐ国内第2位の都市ガス会社となった。東京ガスが首都圏を、大阪ガスが関西圏をカバーするという日本の都市ガス二大体制がここに成立している。戦後の1949年には大阪ガスケミカルを設立してコークス製造の副産物を活用した化学事業に進出し、1965年には大阪ガス都市開発を設立して不動産事業の種も蒔いた。ガス本業の周辺にBtoBの素材・BtoCの不動産という多角化の芽を置く経営スタイルは、形を整えつつあった。 [3][4][5]
1970年代初頭、大気汚染対策とガス需要の急増への対応として、大阪ガスはLNG(液化天然ガス)への転換を決断した。1971年10月に泉北製造所第一工場が稼働し、1972年12月にブルネイからLNG船『ガディニア号』が到着している。東京電力・東京ガスと共同で契約したブルネイLNGの受入が、関西の都市ガス需要に対する新しい原料供給ラインとして動き始めた。東京ガスの1969年に続く日本の都市ガス会社として2番目のLNG導入であり、タンカー・基地・パイプラインなど巨大設備への先行投資を前提とする重い経営判断だった。大気汚染が社会問題化するなかで低硫黄エネルギーへ切り替える政策的な意味合いも、20〜25年スパンの長期契約を結んで原料を確保するLNG事業の枠組みそのものが関西のエネルギー供給のかたちを決めた時期でもあった。 [6][7][8]
1975年5月から天然ガス転換作業が始まった。石油系ガスから天然ガスへの熱量変更にともない、供給エリア内の全顧客のガス機器を一台ずつ天然ガス対応へ交換する必要があった。近畿2府4県にまたがる膨大な供給エリアを地区ごとに順次切り替えていく作業は、東京ガスの16年間と同等の難度をもつプロジェクトである。1977年には泉北製造所第二工場、1984年には姫路製造所を稼働させてLNG受入能力を増強しながら、機器の交換と地区別切替を並行で実施した。1990年12月、全供給エリアの天然ガス転換が完了。約15年をかけたこの事業は無事故で完遂され、SO2やNOx排出の低減と供給効率の向上を達成した。原料・製造・需要家機器の三位一体で事業構造を作り替えた経験は、以後の経営判断の基礎である。 [9][10][11][12][13]
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|---|---|---|---|---|
| 1897〜1990年関西圏のガスインフラ構築と15年の天然ガス転換完遂 | 大阪瓦斯を設立 | ★ | ||
| 大阪市内にガス供給を開始 | ★ | |||
| 神戸・京都など14ガス会社の合併吸収と近畿2府4県一元供給への移行 1945年10月、大阪瓦斯は神戸ガス・京都ガスをはじめとする14のガス会社を合併吸収した。供給区域は大阪府から京都府・兵庫県・奈良県・和歌山県を含む近畿2府4県へ広がり、関西のほぼ全域を一社で担う体制が整った。戦時下でのガス事業の統合という国全体の流れを受けての区域拡大であった。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 井口竹次郎 | 大阪ガスケミカルを設立 | ★ | ||
| 藤阪修美 | 大阪ガス都市開発を設立 | ★ | ||
| 西山磐 | 千里中央地区の地域冷暖房営業開始 | ★ | ||
| 西山磐 | 泉北製造所第一工場稼動開始 | ★ | ||
| 西山磐 | 泉北製造所へブルネイLNG導入開始 | ★★ | ||
| 安田博 | ブルネイLNGの導入と全供給エリアの天然ガス転換 大阪ガスは1968年に東京電力・東京ガスと共同でブルネイLNGの導入を決め、1972年に泉北製造所で受入を始めた。1975年5月からは石油系ガスから天然ガスへの熱量変更に着手し、近畿2府4県の供給エリアを地区ごとに切り替え、全需要家のガス機器を交換する工事を進めた。約15年をかけ、1990年12月に全エリアの天然ガス転換を完了した。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 安田博 | 泉北製造所第二工場稼動開始 | ★ | ||
| 大西正文 | オージス総研を設立 | ★ | ||
| 大西正文 | 姫路製造所稼動開始 | ★ | ||
| 大西正文 | 天然ガス転換完了 | ★★ | ||
| 1991〜2009年経常利益1000億円の壁と構造的な収益圧迫 | 芝野博文 | 創業100年を迎える | ★ | |
| 芝野博文 | 尾崎裕氏が取締役社長に就任 | ★ | ||
| 尾崎裕 | 泉北天然ガス発電所稼動開始 | ★★ | ||
| 2010〜2025年自由化と海外事業の試行錯誤、シェールガスへの転換 | 尾崎裕 | 海外エネルギー事業への投資を本格化 | ★★ | |
| 尾崎裕 | 海外エネルギーセグメントが初の営業赤字 | ★ | ||
| 本荘武宏 | 電力小売全面自由化 | ★ | ||
| 本荘武宏 | ガス小売全面自由化 | ★ | ||
| 本荘武宏 | シェールガス自主探鉱での損失計上と、米サビン・オイル・アンド・ガスの全株取得 2019年7月29日、大阪ガスは米サビン・オイル・アンド・ガスを約650億円で買収し、年内に全株式を取得すると発表した。日本企業が米国のシェール開発会社を100%子会社化するのは初めてであった。それに先立つ2014年3月期、同社はテキサス州ピアソール鉱区の自主探鉱で特別損失290億円を計上している。自ら掘る探鉱から、生産実績のある会社を丸ごと買う方法へ、資源投資の手法を切り替えた判断であった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 本荘武宏 | 基盤会社3社の事業開始 | ★ | ||
| 藤原正隆 | 藤原正隆が代表取締役社長に就任 | ★ | ||
| 藤原正隆 | 大阪ガスネットワークの事業開始 | ★★ | ||
| 藤原正隆 | 経常利益2266億円と過去最高益 | ★ |
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事実根拠:出所(大阪ガス)