大阪ガスの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

掘る場所を自ら探すのをやめ、生産の出ている会社ごと取得する側へ回った。1968年に東京電力・東京ガスと共同でブルネイLNGの導入を決め、1972年12月に泉北製造所で受け入れ、1975年5月から近畿2府4県の全需要家の機器を地区ごとに交換する熱量変更に着手し、1990年12月に完了した。原料を海外の長期契約に固定した結果、収益が輸入価格に振られる構造も残った。2012年に米ピアソール鉱区の権益35%を取得して自主探鉱に約330億円を投じたが、地下3,300メートルの地層に難があり、2014年3月期に特別損失290億円を計上する。2019年7月には生産実績のある米サビン・オイル・アンド・ガスを約650億円で全株取得し、日本企業による米国シェールガス開発会社の子会社化は初めてだった。探鉱で失った330億円が、価値の見えない鉱区へは投じないという基準を残した。

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