大阪ガス の歴史

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創業 1897年
創業者 片岡直輝
創業地 大阪府大阪市
創業
1897年4月、片岡直輝氏らが資本金35万円で大阪瓦斯を設立した。1905年10月に大阪市内でガス供給を始め、石炭を原料とするガス灯から厨房・給湯の需要へ広げている。1945年10月には神戸ガス・京都ガスなど14社を合併し、供給区域は大阪府から京都・兵庫・奈良・和歌山を含む近畿2府4県へ広がった。関西のほぼ全域を一社で担う体制はここで整い、2022年4月にガス導管を大阪ガスネットワークへ分社するまで77年続いた。戦後は1949年に大阪ガスケミカル、1965年に大阪ガス都市開発、1983年にオージス総研を設立してガス以外へも広げ、1949年に東京証券取引所へ上場している。
決断
掘る場所を自ら探すのをやめ、生産の出ている会社ごと取得する側へ回った。1968年に東京電力・東京ガスと共同でブルネイLNGの導入を決め、1972年12月に泉北製造所で受け入れ、1975年5月から近畿2府4県の全需要家の機器を地区ごとに交換する熱量変更に着手し、1990年12月に完了した。原料を海外の長期契約に固定した結果、収益が輸入価格に振られる構造も残った。2012年に米ピアソール鉱区の権益35%を取得して自主探鉱に約330億円を投じたが、地下3,300メートルの地層に難があり、2014年3月期に特別損失290億円を計上する。2019年7月には生産実績のある米サビン・オイル・アンド・ガスを約650億円で全株取得し、日本企業として初めて米国のシェールガス開発会社を子会社化した。探鉱で失った330億円が、価値の見えない鉱区へは投じないという基準を残した。
現況
設備投資の3分の1が、売上の6%しかない海外へ向かっている。2026年3月期の連結売上高は2兆303億円、営業利益1,748億円、純利益1,528億円である。国内エネルギーが売上1兆6,395億円・利益687億円、海外エネルギーが売上1,270億円・利益677億円で、売上の81%を占める国内と6%にすぎない海外がほぼ同額の利益を出す。設備投資は国内1,246億円に対し海外907億円、資産は国内1兆7,124億円に対し海外1兆839億円で、資本配分の上では海外が国内に迫る。2023年3月期に国内エネルギーが原料費の増加で314億円の営業赤字に沈んだとき、海外の608億円が連結を黒字に保った。
競合
関西では、電気とガスを同じ一社と互いに売り合っている。2009年4月に泉北天然ガス発電所を稼働させて自社電源を持ち、2016年4月の電力小売全面自由化で家庭向け電力へ参入した。既に引いた導管と顧客接点をそのまま営業に使えるため、新規の小売事業者より立ち上がりが軽い。翌2017年4月のガス小売全面自由化では関西電力が家庭用ガスへ参入し、大口の業務用・工業用では1996年の規制緩和以降すでに価格競争が続いていた。同じ2016年に東京ガスが家庭向け低圧電力へ参入したも首都圏で電力へ参入しているが、関東の電力会社が原子力を止めたままなのに対し、関西電力は2015年以降に原子力を戻して発電単価を下げている。供給区域を一社で抱えた1945年の統合が、現在は同じ区域を電力会社と奪い合う条件に変わった。
大阪ガス:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
1997年3月期2026年3月期

創業ストーリー 関西圏のガスインフラ構築と15年の天然ガス転換完遂 (1897年〜)

戦時統合で近畿全域をカバーした都市ガス会社

1897年4月、資本金35万円をもって大阪瓦斯が設立された。1905年10月に大阪市内でガス供給を開始し、石炭ガスを原料とするガス灯・ガスかまどの時代から事業が始まっている。大阪の急速な都市化にともないガス需要は拡大を続け、大阪ガスは供給エリアを市内から周辺部へと広げた。都市ガス事業は原料の輸送・貯蔵・製造設備の維持という重いオペレーションを前提とし、需要家の機器にまで踏み込んだ面倒を見る事業形態として関西の生活インフラに深く組み込まれた。電気と並ぶ都市インフラでありながら、原料調達から機器点検までを自前で抱え込む重装備の事業モデルが、関西経済圏の拡大と並走する形で育った時期だった。 [1][2]

  • 大阪ガス 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1897年4月 資本金35万円で大阪瓦斯を設立
    • [2]1905年10月 大阪市内でガス供給を開始

1945年10月、戦時統合により神戸ガス、京都ガスなど14のガス会社を合併吸収した。この合併で供給区域は大阪府だけでなく京都府・兵庫県・奈良県・和歌山県を含む近畿2府4県へ拡大し、東京ガスに次ぐ国内第2位の都市ガス会社となった。東京ガスが首都圏を、大阪ガスが関西圏をカバーするという日本の都市ガス二大体制がここに成立している。戦後の1949年には大阪ガスケミカルを設立してコークス製造の副産物を活用した化学事業に進出し、1965年には大阪ガス都市開発を設立して不動産事業の種も蒔いた。ガス本業の周辺にBtoBの素材・BtoCの不動産という多角化の芽を置く経営スタイルは、形を整えつつあった。 [3][4][5]

  • 大阪ガス 有価証券報告書【沿革】
    • [3]1945年10月 戦時統合で神戸・京都など14のガス会社を合併吸収、供給区域が近畿2府4県(大阪・京都・兵庫・奈良・和歌山)に拡大
    • [4]1949年 大阪ガスケミカルを設立(コークス副産物を活用した化学事業)
    • [5]1965年 大阪ガス都市開発を設立(不動産事業)
  • 大阪ガス 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1897年4月 資本金35万円で大阪瓦斯を設立
    • [2]1905年10月 大阪市内でガス供給を開始
    • [3]1945年10月 戦時統合で神戸・京都など14のガス会社を合併吸収、供給区域が近畿2府4県(大阪・京都・兵庫・奈良・和歌山)に拡大
    • [4]1949年 大阪ガスケミカルを設立(コークス副産物を活用した化学事業)
    • [5]1965年 大阪ガス都市開発を設立(不動産事業)

ブルネイLNG導入と15年の天然ガス転換

1970年代初頭、大気汚染対策とガス需要の急増への対応として、大阪ガスはLNG(液化天然ガス)への転換を決断した。1971年10月に泉北製造所第一工場が稼働し、1972年12月にブルネイからLNG船『ガディニア号』が到着している。東京電力・東京ガスと共同で契約したブルネイLNGの受入が、関西の都市ガス需要に対する新しい原料供給ラインとして動き始めた。東京ガスの1969年に続く日本の都市ガス会社として2番目のLNG導入であり、タンカー・基地・パイプラインなど巨大設備への先行投資を前提とする重い経営判断だった。大気汚染が社会問題化するなかで低硫黄エネルギーへ切り替える政策的な意味合いも、20〜25年スパンの長期契約を結んで原料を確保するLNG事業の枠組みそのものが関西のエネルギー供給のかたちを決めた時期でもあった。 [6][7][8]

1975年5月から天然ガス転換作業が始まった。石油系ガスから天然ガスへの熱量変更にともない、供給エリア内の全顧客のガス機器を一台ずつ天然ガス対応へ交換する必要があった。近畿2府4県にまたがる膨大な供給エリアを地区ごとに順次切り替えていく作業は、東京ガスの16年間と同等の難度をもつプロジェクトである。1977年には泉北製造所第二工場、1984年には姫路製造所を稼働させてLNG受入能力を増強しながら、機器の交換と地区別切替を並行で実施した。1990年12月、全供給エリアの天然ガス転換が完了。約15年をかけたこの事業は無事故で完遂され、SO2やNOx排出の低減と供給効率の向上を達成した。原料・製造・需要家機器の三位一体で事業構造を作り替えた経験は、以後の経営判断の基礎である。 [9][10][11][12][13]

    • [9]東京ガスの熱量変更(1972〜1988年)は約16年を要した
  • 大阪ガス 有価証券報告書【沿革】
    • [10]1975年5月 天然ガス転換(石油系ガスから天然ガスへの熱量変更)を開始
    • [11]1977年 泉北製造所第二工場が稼働開始
    • [12]1984年 姫路製造所が稼働開始
    • [13]1990年12月 全供給エリアの天然ガス転換が完了(約15年)

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大阪ガスの沿革1897〜2024年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1897〜1990年関西圏のガスインフラ構築と15年の天然ガス転換完遂大阪瓦斯を設立
大阪市内にガス供給を開始
神戸・京都など14ガス会社の合併吸収と近畿2府4県一元供給への移行

1945年10月、大阪瓦斯は神戸ガス・京都ガスをはじめとする14のガス会社を合併吸収した。供給区域は大阪府から京都府・兵庫県・奈良県・和歌山県を含む近畿2府4県へ広がり、関西のほぼ全域を一社で担う体制が整った。戦時下でのガス事業の統合という国全体の流れを受けての区域拡大であった。

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★★★
井口竹次郎大阪ガスケミカルを設立
藤阪修美大阪ガス都市開発を設立
西山磐千里中央地区の地域冷暖房営業開始
西山磐泉北製造所第一工場稼動開始
西山磐泉北製造所へブルネイLNG導入開始★★
安田博ブルネイLNGの導入と全供給エリアの天然ガス転換

大阪ガスは1968年に東京電力・東京ガスと共同でブルネイLNGの導入を決め、1972年に泉北製造所で受入を始めた。1975年5月からは石油系ガスから天然ガスへの熱量変更に着手し、近畿2府4県の供給エリアを地区ごとに切り替え、全需要家のガス機器を交換する工事を進めた。約15年をかけ、1990年12月に全エリアの天然ガス転換を完了した。

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★★★
安田博泉北製造所第二工場稼動開始
大西正文オージス総研を設立
大西正文姫路製造所稼動開始
大西正文天然ガス転換完了★★
1991〜2009年経常利益1000億円の壁と構造的な収益圧迫芝野博文創業100年を迎える
芝野博文尾崎裕氏が取締役社長に就任
尾崎裕泉北天然ガス発電所稼動開始★★
2010〜2025年自由化と海外事業の試行錯誤、シェールガスへの転換尾崎裕海外エネルギー事業への投資を本格化★★
尾崎裕海外エネルギーセグメントが初の営業赤字
本荘武宏電力小売全面自由化
本荘武宏ガス小売全面自由化
本荘武宏シェールガス自主探鉱での損失計上と、米サビン・オイル・アンド・ガスの全株取得

2019年7月29日、大阪ガスは米サビン・オイル・アンド・ガスを約650億円で買収し、年内に全株式を取得すると発表した。日本企業が米国のシェール開発会社を100%子会社化するのは初めてであった。それに先立つ2014年3月期、同社はテキサス州ピアソール鉱区の自主探鉱で特別損失290億円を計上している。自ら掘る探鉱から、生産実績のある会社を丸ごと買う方法へ、資源投資の手法を切り替えた判断であった。

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★★★
本荘武宏基盤会社3社の事業開始
藤原正隆藤原正隆が代表取締役社長に就任
藤原正隆大阪ガスネットワークの事業開始★★
藤原正隆経常利益2266億円と過去最高益
出典・参考

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