藤阪修美

大阪ガス・元取締役社長

Fujisaka Nagatomi(敬称略)

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社長就任 1960年
生年月日 —
学歴 関西学院高等学部商科
出自 —
社長就任までの出自
出自

1924年3月に関西学院高等商業部を卒業し、1926年に大阪瓦斯へ入社した。1947年5月に取締役、1951年7月に代表取締役、1952年2月に常務取締役、1959年8月に取締役副社長と進み、入社から34年で社長に届いた。三井物産から移ってきた前任の井口竹次郎氏と違い、社外での勤務を持たない商科出身の生え抜きだった。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1960年2月、井口竹次郎氏が代表取締役会長へ退くのと同時に取締役社長へ就任した。副社長へ上がったのは前年の1959年8月で、同じ月に代表取締役専務となった西山磐氏が1960年2月に副社長へ回り、次の順番に並んだ。会長・社長・副社長を同じ月に入れ替える人事で、11年続いた井口体制の引き継ぎが一度に行われた。

在任中の主な施策
施策

在任中は関係会社の役職を重ね、1963年5月に尼崎コークス工業の取締役、同年11月に近畿コークス販売の取締役社長、1965年2月に大阪府都市開発の監査役、1967年2月に大阪ガスビルディングの取締役会長を兼ねた。1965年3月には大阪ガス都市開発を設立している。原料をLNGへ切り替える動きは在任中には始まらず、泉北製造所へのブルネイLNG導入は後任の西山磐氏の代にあたる1972年12月だった。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1926〜1969年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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