安田博

大阪ガス・元取締役社長

Yasuda Hiroshi(敬称略)

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社長就任 1974年9月
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1937年3月に大阪商科大学を出て阪神電気鉄道へ入り、1945年2月に大阪瓦斯へ移った。前任の西山磐氏も1928年に阪神電気鉄道へ入って1944年4月に大阪瓦斯へ転じており、同じ経路をたどった2人が続けて社長に就任した。1963年8月に取締役営業部長、1966年2月に常務取締役、1968年3月に代表取締役専務、1970年3月に取締役副社長と、営業から役員へ上がっている。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1973年9月に代表取締役社長へ就任し、前任の西山磐氏は同じ月に取締役会長へ回った。副社長に上がってから3年半での交代である。経常利益は1972年1月期の75億円から1973年1月期36億円、1974年1月期20億円へ2期続けて減っていた。就任の翌月には第一次石油危機が起きた。

在任中の主な施策
施策

1975年5月に天然ガス転換へ着手し、供給区域のガス機器を取り替える工事が始まった。原料側では1974年2月に日本インドネシアエルエヌジーの取締役へ就任している。1977年8月には泉北製造所第二工場が動き出した。売上高は1976年3月期の3331億円から1981年3月期の5725億円へ増えた一方、経常利益は1980年3月期に4億円の損失を計上し、翌1981年3月期には558億円へ戻った。 ブルネイLNGの導入

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1937〜1981年
在任中の業績
就任前(FY73)1,824億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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