チリ銅山AASへの巨額投資と2,712億円の減損

2016年実施

ブルネイLNGで資源投資を成功させた三菱商事は、なぜ同じ発想のチリ銅山で創業来初の最終赤字に沈んだのか

時期 2011年11月
意思決定者 小林健(社長)
論点 資源投資と市況リスク
概要
2011年、資源価格が高騰するさなか、三菱商事はチリの銅資産を持つアングロ・アメリカン・スール(AAS)の株式を約4,200億円で取得した。だが銅市況の急落を受け、2016年3月期にこの投資へ2,712億円の減損を計上し、連結決算を始めた1969年度以降で初の最終赤字(1,494億円)に転落した。
背景
ブルネイLNG以来、三菱商事は資源開発に資本を投じて権益を握る事業投資を収益の柱としてきた。2000年代の新興国需要が銅や鉄鉱石の価格を押し上げ、商社は資源権益の獲得を競った。AAS取得は、その成功モデルを大きな規模で繰り返す動きのなかにあった。
内容
2011年11月にAAS株24.5%を約4,200億円で取得。国営コデルコとの係争を経て、2012年に持ち分は20.4%に落ち着いた。AASはロスブロンセス・エルソルダド銅鉱山などを持ち、三菱商事は連結子会社MCRDを通じて出資した。
含意
資源循環の上振れで握った権益が、下振れで巨額の損失を生んだ。ブルネイの成功と表裏をなす事例であり、以後の三菱商事は非資源分野の強化と事業ポートフォリオの入れ替えを進める。ただし減損後も撤退はせず、銅市況の回復とともに増産へ動いている。
筆者の見解

資源投資の光と影

ブルネイLNGとチリ銅山は、同じ事業投資の光と影であった。資源に資本を投じて権益を握るという発想は同じで、違ったのは市況の巡り合わせと、投資した時点の価格である。ブルネイが石油危機の追い風のなかで安定した配当を生んだのに対し、チリの銅は資源高の頂で買い、下げ相場でその重さを思い知った。権益を長く持つ強みは、価格が反転すれば、減損となって弱みに変わる。資源の事業投資が抱える循環の危うさを、この一件ははっきり映し出した。

もっとも、三菱商事はチリから退かなかった。減損を出しても撤退せず、コスト削減で持ちこたえ、銅市況の回復とともに増産へ動いている。他方で会社全体は、この赤字を境に非資源分野を強め、事業ポートフォリオの入れ替えを進めた。握った権益をどう持ち、いつ組み替えるか——ブルネイで始まった事業投資の問いは、チリの痛手を経て、保有と入れ替えを競う今日の商社経営へと引き継がれている。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

ブルネイに始まる型と、資源高の追い風

ブルネイLNG以来、三菱商事は資源開発に資本を投じ、権益と長期の収益を握る事業投資を収益の柱に育ててきた。2000年代に入ると、中国をはじめとする新興国の需要が鉄鉱石や石炭、銅の価格を押し上げる。商社業界は資源権益の獲得を競い、三菱商事も豪州の原料炭などへ投資を積み増した。その延長線上に、チリの銅山があった。2011年11月、同社は英資源大手アングロ・アメリカンから、チリで銅山を運営するアングロ・アメリカン・スール(AAS)の株式24.5%を、53億9000万ドル・約4,200億円で取得すると発表する[1]

決断

コデルコとの係争を経て、20.4%を握る

AASは、チリ国内にロスブロンセス銅鉱山、エルソルダド銅鉱山、チャグレス銅製錬所などを持つ資産会社である。三菱商事は100%子会社のMCリソース・ディベロップメント(MCRD、ロンドン)を通じて出資した。もっとも取得は係争を呼ぶ。チリ国営のコデルコがAAS株の優先取得権を主張し、2012年8月の和解で三菱商事の持ち分は24.5%から20.4%へ引き下げられた。取得額は45.1億ドルで確定し、出資構成はアングロ・アメリカン側が50.1%、コデルコと三井物産の合弁が29.5%、三菱商事が20.4%となった[2][3]

結果

市況急落と、創業来初の赤字

賭けは市況の反転で暗転した。銅の国際価格は下落し、銅地金の年間平均価格は2016年3月期に1トン6,558ドルから5,215ドルへと下がる。三菱商事は、市況の低迷に新規鉱山の開発長期化なども加えて投資価値を見直し、2016年3月期末にAAS投資へ2,712億円の減損を計上した。減損後の帳簿価額は約1,900億円に縮む[4][5]

打撃は全社に及んだ。金属グループの持分法投資損益は、チリ銅事業の減損などで2,789億円の損失に転じる。三菱商事の連結最終損益は1,494億円の赤字となり、連結決算を始めた1969年度以降で初めての最終赤字を記録した。小林健社長は「現時点でこれ以上の減損はない」「商品市況が我々の想定を超えて低迷した」と述べ、減損した資産はコスト削減を尽くして持ち続ける考えを示した[6][7]

出典・参考