中部電力と共同で蘭エネコを約5000億円で買収

資源で稼ぐ商社が、なぜ発電から小売りまでを持つ欧州の電力会社を丸ごと取り込んだか

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時期 2019年11月
意思決定者 垣内威彦 三菱商事 社長
論点 脱炭素とポートフォリオ転換
概要
2019年11月、三菱商事は中部電力と共同で、オランダの電力会社エネコを約41億ユーロ(約5000億円)で買収する優先交渉権を獲得し、2020年3月に全株取得を完了した。三菱商事が8割、中部電力が2割を出資し、発電から小売りまでを担う欧州の再生可能エネルギー大手を丸ごと取り込む判断であった。
背景
脱炭素の潮流が強まる欧州で、CO2排出の多い石炭火力は「座礁資産」と呼ばれ、電力事業はビジネスモデルの転換を迫られていた。三菱商事は2012年からエネコと洋上風力で協業し、2018年に公表した中期経営戦略では各事業領域の川下強化を掲げていた。
内容
エネコはオランダ・ベルギー・ドイツで発電から小売りまでを手がけ、約600万件の顧客と再生可能エネルギーの発電設備を持つ。民営化に伴う売却入札でロイヤル・ダッチ・シェルなど欧州勢を下し、日本勢が発電から小売りまで一貫した大型事業会社を取得する異例の案件となった。
含意
買収により三菱商事の再エネの持ち分発電容量は建設中を含めて約300万キロワットへ拡大する見込みとなり、その後の2兆円規模のEX投資と再エネ倍増計画へつながった。資源で稼ぐ商社が、川下の事業会社ごと再エネへ主力を広げる転機となった買収であった。
筆者の見解

潮流に乗るという投資

エネコ買収は、資源で稼いできた商社が、脱炭素という長い潮流にどう向き合うかという問いに対し、川下の事業会社ごと取り込むという答えを出した一手とみることができる。発電から小売りまでを持つ欧州の先進企業を丸ごと抱えることは、上流の権益を積み上げる従来型とは異なるリスクの取り方であった。座礁資産という言葉が石炭火力へ向けられるなかで、逆張りではなく潮流に乗るかたちで約5000億円を投じた点に、この判断の性格がうかがえる。

もっとも、再エネの収益は季節や制度に左右されやすく、買収の時点でエネコは赤字を抱えていた。その後の持ち分利益の黒字化や再エネ倍増計画は、この投資が回り始めた兆しともみられるが、洋上風力を含む電力事業がどこまで商社の新たな柱に育つかは、なお時間の検証を要する。エネコ買収を主導した人物がやがて社長へ進んだことは、この判断が三菱商事の針路そのものと結びついていたことを示しているといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

脱炭素と「座礁資産」

2010年代後半、気候変動問題を背景に、電力事業では二酸化炭素の排出量が多い発電方式がやり玉に挙げられていた。とりわけ石炭火力発電所は資産価値が毀損する可能性が指摘され、業界では「座礁資産」と呼ばれるようになっていた。脱炭素の風が強く吹く欧州では、発電から小売りまでを担う電力会社が事業モデルの転換を迫られており、そこに日本の総合商社が投資機会を見いだしていた[1]

国際エネルギー機関(IEA)は、環境規制が強化された場合、2030年には全体の発電力が1.2倍になるのに対し、再生可能エネルギーの発電量は2018年比で約2.2倍に膨らむと予測していた。日本の総合商社も再エネを柱の一つに据え、丸紅は2018年に石炭火力の持ち分発電容量を2030年までに半減させると表明し、住友商事も2035年までに再エネの比率を2割から3割へ引き上げる方針を掲げていた。三菱商事もまた、洋上風力など電力の上流を得意としつつ、再エネ開発への傾斜を強めていた[2]

川下強化とエネコとの縁

三菱商事は2018年11月に公表した中期経営戦略で、各事業領域の川下部分を強化する方針を打ち出していた。電力についても、発電という上流にとどまらず、小売りまでを取り込むことがねらいであった。2019年2月には英国で1,500万世帯に電力・ガスを供給するOVOグループと資本業務提携を結んでおり、エネコはこの新戦略の発表後で最大の買収案件となった[3]

エネコとの関係は一朝一夕のものではなかった。三菱商事が初めて本格的に参画したオランダの洋上風力プロジェクトはエネコとの協業であり、2012年以降、複数の案件で組んできた。共同買収に踏み込む中部電力とも、2017年にドイツの洋上風力向け海底送電事業で協業しており、両社は欧州の電力事業でさらなる協業機会を探っていた。エネコの民営化は、こうした積み重ねの上に訪れた機会であった[4]

決断

民営化入札での競り勝ち

2019年11月、三菱商事と中部電力の日本勢が、エネコ買収に向けた優先交渉権を獲得した。エネコは複数の地方自治体が株式を保有しており、今回は民営化に伴う売却入札であった。石油から天然ガス・電力へのシフトを進めていたロイヤル・ダッチ・シェルなど欧州勢を、日本勢が競り落とした形である。発電から小売りまでを行う大型の事業会社を日本の商社が買収する例は、それまでほとんどなかった[5]

買収に投じる費用は41億ユーロ(約5000億円)で、三菱商事が8割、中部電力が2割を拠出する枠組みであった。エネコの直近の売上高は約5000億円で、オランダのほかベルギー、ドイツで電力事業を展開し、再生可能エネルギーに強い電力会社として知られていた。アムステルダム・スキポール空港やオランダ国鉄などと長期の売電契約を結び、約600万件の顧客を抱えていた[6]

ポートフォリオを再エネへ振る

買収が完了すれば、建設中のものを含めて三菱商事の再エネの持ち分発電容量は約300万キロワットまで拡大する見込みであった。エネコは2007年から再エネ開発を手がけ、ドイツでは再エネ100%電力の販売事業者としても有力であった。発電の上流を得意としてきた三菱商事にとって、発電から小売りまでを一貫して持つ事業会社を取り込むことは、電力事業のかたちを変える選択であった[7]

共同買収に踏み込んだ中部電力にとっても、この投資は過去最大であった。同社は2011年の福島第一原子力発電所の事故以降、他の電力会社と同様に経営環境が激変し、2016年の電力小売り全面自由化で顧客の流出が続いていた。2019年に公表した中期経営計画では、2020年代後半に経常利益2,500億円以上を稼ぎ、そのうち約3割を海外事業でまかなう構想を掲げており、大型投資で一歩を踏み込んだ格好であった[8]

結果

買収完了と持ち分利益の黒字化

2020年3月25日、三菱商事と中部電力はエネコの買収完了を発表した。三菱商事が8割、中部電力が2割を出資する新会社が、約41億ユーロ(約4900億円)でエネコの全株式を取得した。2019年11月に優先交渉権を得て以降、複数の地方自治体などが持つ株式の買い取り手続きを進めてきたもので、中部電力にとっては過去最大の海外投資が実行に移された[9]

エネコは冬場の需要期に稼ぐ収益構造で、買収直後の2020年4〜9月期は赤字であった。それでも2021年3月期の持ち分利益は132億円となり、初年度から一定の実力を示した。この買収を電力ソリューショングループのCEOとして主導した中西勝也常務執行役員は、社内で次期社長候補の筆頭格と目されるようになり、エネコの業績は経営陣が本体の決算以上に注目する対象となっていた[10]

再エネ倍増とモデル転換へ

エネコを取り込んだ三菱商事は、2030年度に再生可能エネルギーの持ち分発電容量を2019年度比で倍増させる計画を掲げ、とりわけ洋上風力に照準を定めた。もっとも、発電容量を積み増すだけでは十分でなく、電力という差別化の難しい商材をどう売るかが課題として残った。三菱商事の岡藤裕治エネルギーサービス本部長は、ただ発電するだけではなく電力を販売する力が重要だと強調しており、上流に強い商社が川下をどう固めるかが問われていた[11]

2021年10月、垣内威彦社長は、再生可能エネルギーを中心に水素やアンモニアといった次世代燃料まで含め、2030年度までにEX(エネルギートランスフォーメーション)関連で2兆円規模を投じる方針を示した。同時に2030年度の温暖化ガス排出量を2020年度比で半減し、2050年度には実質ゼロを目指すとした。垣内社長はエネコについて、再エネや電力小売りで「圧倒的に先を走っており、教えてもらっている」と述べ、エネコを手本と見ていた。この買収は、発電上流中心の電力事業を発電から小売りまでの一貫モデルへ、資源から再エネへとポートフォリオを振るモデル転換の第一歩となった[12]

出典・参考