筆者の見解
財務の合理より、逃げないという意思
この経営判断の核心は、財務的な打算というより、政変が続く現地でなお経営を続けるという意思そのものにあったと思われる。米国系企業の重役が続々と帰国するなかで、日本からの唯一の進出企業が現地に踏みとどまり、経営幹部が身の危険を冒してまで自ら指揮を執り続けた背景には、1956年の進出以来20年をかけて積み上げた労務対策への確信があったといえる。過激派を入れない採用審査、給料の遅配なし、家族ぐるみのクラブ活動という地味な積み重ねが、政変のたびに問われる従業員の支持という一点を支え続けた。
もっとも、日経ビジネスがこの記事を組んだ1977年8月の時点でも、アルゼンチンの政情は"政情さえ落ち着けば有望"という留保つきの評価にとどまっていた。同社の経営はなお継続中の物語であり、その後の展開まで本稿の一次資料からは追いきれない。それでも、国内市場が成熟しつつあった当時の日本企業にとって成長のはけ口を海外に求める動きが避けられなくなるという記事の見立ては、高度成長期の海外進出のあり方を考えるうえで示唆に富む。
Yutaka Sugiura, 2026年7月