塩野義製薬新型コロナ経口薬ゾコーバの緊急承認制度による承認取得と、承認前からの生産着手

ワクチンで欧米勢を追わないと決めた手代木功 氏は、有効性の評価が割れるなかで何を取りにいったか

時期 2022年11月
意思決定者(推定) 手代木功 塩野義製薬 代表取締役会長兼社長CEO
論点 感染症特化戦略と国の緊急時医薬品調達
概要
2022年11月22日、塩野義製薬の新型コロナウイルス感染症治療薬「ゾコーバ錠125mg」が、厚生労働省から緊急承認制度に基づく製造販売承認を取得した経営判断。同制度が適用された最初の承認医薬品であり、承認と同日に日本政府が100万人分を購入する売買契約が締結された。
背景
2020年の時点で欧米勢のワクチンは臨床試験の最終段階に入っていたが、手代木功 氏は未実用化の技術を用いる海外品と自社の開発を切り分け、安全性で経験の応用が利くものを開発すると述べて開発を急がない立場をとった。一方、臨床試験前の段階から製造設備の建設は始めていた。
内容
2022年2月25日に第2相相当のデータ497例で承認申請を行い、5月27日に緊急承認制度への適用希望へと申請を変更した。11月22日、第3相部分1,821例の速報データに基づく審議を経て承認を取得し、翌日から医薬品卸への出庫を始めた。同年12月には政府がさらに100万人分を追加購入した。
含意
政府による200万人分の買い上げは2022年10〜12月期に1,000億円の売上として計上され、2023年3月期は売上収益・利益とも過去最高を更新した。一方で有効性データの評価をめぐる議論は残り、感染症専門医の間では処方に慎重な声が続いた。
筆者の見解

承認より先に工場を建てるということ

臨床試験を始める前から製造設備を造り始めていた——2020年10月に手代木功 氏が明かしたこの一言に、ゾコーバをめぐる判断の全部が入っている。開発の成否が決まる前に生産へ資金を投じる行為は、失敗すれば設備がそのまま損失に変わる。それでも先に建てたからこそ、2022年11月22日に承認が下りた翌日から卸への出庫を始められ、200万人分という数量を四半期の売上に載せられた。安全性を理由にワクチン開発を急がないと語った経営者が、生産では普通では考えられないリスクを取ると認めていた点に、この会社の資源配分の癖がうかがえる。

ただし、取ったリスクが報われた範囲は、数字の側に偏っている。売上と利益は過去最高を更新したものの、感染症専門医の間では処方の優先順位が上がらず、催奇形性のある薬が妊娠中の女性23人に処方された事実も残った。有効性の確認を後回しにして供給を早める緊急承認制度の性格が、そのまま評価の分かれ目になったといえる。国の緊急調達に応えた最初の国産薬という位置は、制度の設計と企業の準備がかみ合った成果であると同時に、承認の速さが現場の納得を連れてくるとは限らないことを示している。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

ワクチンを急がず、飲み薬に人を寄せる

2020年秋、塩野義製薬は新型コロナのワクチンと治療薬の双方を開発していたが、海外ではすでに臨床試験の最終段階に入ったワクチン候補があった。手代木功 氏は、海外で先行するワクチンにはどの感染症でも実用化されたことのない技術が用いられているとしたうえで、自社は安全性において従来の経験が応用できるものを開発していると述べた。副反応の頻度や重さが想定を超えれば社会的に受け入れられないとして、焦って開発することはできないという立場をとっていた[1]

開発を急がないという言葉とは裏腹に、生産の準備は先に走っていた。手代木 氏は同じ場で、臨床試験前の段階から製造設備を造り始めていることを明かし、普通では考えられないようなリスクを取っていると述べている。抗ウイルス薬の開発では、HIVやインフルエンザでウイルスそのものを10年単位で調べてきた蓄積があった。感染症の流行に業績が左右される不安定さは望んでいないとも語っており、経口薬は流行に賭ける商品ではなく、感染症に特化した会社の中核として置かれていた[2][3]

緊急承認制度という新しい入口

承認の道筋そのものが、開発の途中で書き換えられた。2022年の薬機法改正で創設された緊急承認制度は、緊急に必要性がある薬について、通常必要な3段階の臨床試験のうち第2相までの結果で有効な可能性を示せれば、いったん承認する仮免許的な制度であった。後の大規模な第3相試験などで良好な結果が得られれば正式承認へ移る建て付けで、有効性の確認を先送りする代わりに供給を早める設計になっていた[4]

塩野義は2022年2月25日、第2相相当にあたる497例のデータで製造販売承認を申請し、5月27日に緊急承認制度への適用希望へと申請の内容を変更した。同年3月には厚生労働省との間で国内供給に関する基本合意書を結んでおり、承認の可否が決まる前に、供給の枠組みだけが先に組み上がっていた。制度と調達と生産の三つが、承認審査と並走する形になった[5][6]

決断

第3相の速報段階で承認を取りにいく

2022年11月22日、厚生労働省はゾコーバ錠125mgの製造販売を承認した。審議に用いられたのは、第3相部分の1,821例の速報データであった。試験の完了を待たずに判断が下された形であり、塩野義はこの薬が緊急承認制度が適用された最初の承認医薬品であると発表している。効能・効果はSARS-CoV-2による感染症とされ、重症化リスクの高低を問わず使える薬として承認された[7][8]

審議の対象となったデータは、承認後も評価が割れた。第2相試験では血中のウイルス量の減少は認められたものの、症状の改善は決定的には示せず、のちに評価項目をオミクロン株に特徴的な症状へ絞り込むことで有効性が示唆され、承認に至った経緯があった。臨床試験の開始時期はワクチン接種者が大多数を占め、ウイルスの変異も重なっていたため、重症化予防効果を証明するには不利な状況であったとされる。この点が医師の間で論争を呼んだ[9][10]

承認と同日に決まっていた出口

承認の当日、日本政府が100万人分を購入する売買契約が別途締結された。塩野義は翌日から医薬品卸への出庫を開始する予定であるとし、承認から供給までの間隔を実質的にゼロにした。臨床試験前から製造設備を造り始めていた2020年の判断が、ここで効いている。承認と同時に納められるだけの在庫と生産能力が用意されていなければ、この日程は組めない[11]

買い上げは一度で終わらなかった。2022年12月12日付で、日本政府がさらに100万人分を追加購入する契約が結ばれ、年内に追加数量分を納品する予定とされた。同月15日からは都道府県が選定した医療機関・薬局でも取り扱いが始まった。政府調達を出口に据えた供給の設計により、承認された薬は市場での立ち上がりを待たずに販売数量が確定した[12]

結果

20年ぶりに書き換わった最高記録

政府が購入した200万人分は、2022年10〜12月期に1,000億円の売上として計上された。決算説明会でも、新型コロナ関連製品について日本政府によるゾコーバの買取により1,000億円になったと説明されている。この一括計上により2023年3月期の売上収益は4,267億円、営業利益1,490億円、当期利益1,850億円となり、いずれも創業以来の最高を更新した。従来の最高売上は2002年の4,202億円で、売上の更新は20年越しであった[13][14][15]

供給の形も、政府の買い上げから通常の商流へ移った。2023年3月31日、塩野義はゾコーバの一般流通を開始した。それまでは政府が買い上げたうえで、事前に登録した医療機関へ無償で配分される仕組みであり、安定供給の見通しが立ったことで卸を通じた通常の販売に切り替えられた。緊急時の調達品から、医療現場が自ら選んで買う薬へと、置かれる位置が変わった[16]

現場での評価と、通常承認までの1年4カ月

数字の伸びと、医療現場の受け止めは一致しなかった。緊急承認から間もなく1年という時点で、感染症専門医の間ではゾコーバの処方に慎重な声が続いた。埼玉医科大学総合医療センターの岡秀昭 氏は、自身も周囲の専門医も積極的な使用はしていないとしたうえで、入院や死亡のリスクを減らすエビデンスがある他の2剤の処方優先順位が高いのは当然であり、現状のエビデンスではゾコーバの優先順位が高まることはないと述べている[17][18]

仮免許の状態は、2024年3月5日に解かれた。塩野義は同日、ゾコーバの通常承認を取得したと発表している。提出されたのは、感染性を有するウイルスの速やかな低下などの有効性データと、90万人以上と推定される患者での安全性データであった。通常承認により、緊急承認下で必要とされていた文書による患者からの同意取得の手続きが不要となった。承認から1年4カ月を要して、この薬は制度上の仮の位置を離れた[19][20]

出典・参考

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