塩野義製薬 の歴代社長

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1981年1990年2000年2010年2020年2026年

喜多善平退任

1981年社長就任

吉利一雄退任

1982年社長就任

代表取締役社長

塩野芳彦退任

1991年社長就任

代表取締役社長

塩野元三退任

1999年社長就任

1984年取締役代表取締役社長

手代木功現任

2008年社長就任

1982年入社2002年取締役2004年執行役員代表取締役社長
創業社長の関係
創業

1878年3月、初代塩野義三郎氏が大阪・道修町で薬種問屋を開いた。1919年に株式会社塩野義商店へ改組し、1943年に現社名へ改めている。創業家の社長は初代から塩野元三氏まで五代を数え、2008年の交代で途切れた。

社長登用の傾向
登用

直近20年の社長は塩野元三氏と手代木功氏の二人だけである。手代木功氏は東京大学薬学部から1982年に入社し、秘書室長と経営企画部長、医薬研究開発本部長を経て26年目に就いた。外部招聘やプロ経営者の登用は一度も確認できない。

社長任期の傾向
任期

最長は三代目塩野孝太郎氏の29年で、敗戦直後に国際水準を掲げ戦後の塩野義をつくった。直近3代は塩野芳彦氏7年、塩野元三氏9年、手代木功氏は2008年から18年目に入る。感染症への一点集中が結果を出したことが長期在任を支えていると思われる。

いまの体制への含意
含意

2025年6月に監査等委員会設置会社へ移り、取締役12名のうち8名が社外で過半数を占める。ただし指名諮問委員会は任意の諮問機関で答申までしか行わず、社長を選び直す決定権は持たない。18年目の会長兼社長に交代を促す主体は外に見当たらない。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
塩野義三郎(1920年就任)1920〜1953年1920年就任33年退任創業家社長(当時の商号は塩野義商店。二代義三郎を襲名)
塩野孝太郎(1953年就任)1953〜1981年1953年就任28年退任創業家代表取締役社長決断1961年独創品への路線転換
喜多善平(1981年就任)1981〜1982年1981年就任1年退任代表取締役社長
吉利一雄(1982年就任)1982〜1991年1982年就任9年退任代表取締役社長
塩野芳彦(1991年就任)1991〜1999年1991年就任8年退任創業家代表取締役社長
塩野元三(1999年就任)1999〜2008年1999年就任9年退任創業家代表取締役社長
手代木功(2008年就任)2008年〜現任2008年就任19年現任生え抜き代表取締役社長1982年4月に塩野義製薬へ入社し、20年後の2002年6月に取締役へ就任した。2004年4月に常務執行役員、2006年4月に専務執行役員を経て、2008年4月に代表取締役社長へ就任した。入社から社長までは26年、取締役就任からは6年である。就任翌年度の2009年3月期の大株主は信託銀行のほか住友生命保険5.30%・日本生命保険3.74%などの法人が占め、個人は上位10位に入らない。決断2008年米サイエルをTOBで買収2012年ViiVへHIV事業移転2022年ゾコーバの緊急承認取得
歴代社長の在任期間 全7代
1920年1930年1940年1950年1960年1970年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

塩野義三郎退任

1920年社長就任

社長(当時の商号は塩野義商店。二代義三郎を襲名)

塩野孝太郎退任

1953年社長就任

代表取締役社長

喜多善平退任

1981年社長就任

吉利一雄退任

1982年社長就任

代表取締役社長

塩野芳彦退任

1991年社長就任

代表取締役社長

塩野元三退任

1999年社長就任

1972年入社1984年取締役代表取締役社長

手代木功現任

2008年社長就任

1982年入社2002年取締役2004年執行役員代表取締役社長

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