喜多善平

塩野義製薬・元代表取締役社長

Kita Zenpei(敬称略)

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社長就任 1981年
生年月日 —
学歴 神戸商業大学
出自 —
社長就任までの出自
出自

1916年に兵庫県で生まれ、1938年に神戸商業大学を卒業して同年3月に塩野義製薬へ入社した。1962年4月に第二学術部長、1963年11月に取締役、1970年5月には常務取締役として第一学術部長を兼ねている。1974年5月に専務取締役、1978年6月に取締役副社長へ進み、入社から一貫して学術部門を担った。大株主に個人で並んだ塩野孝太郎氏とは違い、創業家の資本を持たない立場だった。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1981年6月時点では塩野孝太郎氏が社長、喜多氏が副社長で、専務取締役には吉利一雄氏と向井元氏が並んでいた。副社長は喜多氏ひとりで、社長に次ぐ位置にあった。塩野孝太郎氏の社長在任は1953年10月から28年に及んでおり、創業家の外へ社長を渡す最初の交代となった。学術部門の出身者が営業畑や財務畑を越えて上がった人事だったとみられる。

在任中の主な施策
施策

社長在任は約1年にとどまる。この間の1981年末に第3世代の抗生物質シオマリンが世に出て、自社で開発した薬としては22年ぶりの大型新薬となった。単体売上高は1981年3月期の1,423億円から1982年3月期は1,551億円へ伸びた一方、経常利益は184億円から165億円へ減っている。翌1983年3月期は売上高1,811億円、経常利益244億円へ戻した。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1981〜1982年
在任中の業績
就任前(FY80)1,423億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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