塩野孝太郎

塩野義製薬・元代表取締役社長

Shiono Kotaro(敬称略)

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社長就任 1953年
生年月日 —
学歴 神戸商業大学
出自 —
社長就任までの出自
出自

1910年に生まれ、1934年に神戸商業大学を卒業して同年3月に塩野義製薬へ入社した。創業家の三代目にあたり、入社3年後の1937年7月に取締役、1941年1月に専務取締役へ進んでいる。個人でも株式を持ち、1961年6月時点で4.1%を保有して大株主の第6位、1980年3月時点でも2.84%で第5位に入った。上位は住友生命保険・日本生命保険などの法人が占めた。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1953年10月に取締役社長へ就任した。前任は二代目塩野義三郎氏で、創業家内での継承だった。同じ1953年10月に沢田修太郎氏と岩城徹氏が専務取締役、吉田癸逸氏が常務取締役へ就任しており、役員陣を組み替えたうえでの交代である。沢田氏は1936年7月の入社から取締役まで7年を要したのに対し、孝太郎氏は3年で取締役に就任していた。

在任中の主な施策
施策

1961年、国際競争に耐える製品を自社で作るとして新研究所を建設した。翌1962年3月には、シオノギの歴史は人真似の歴史だったと社内へ語り、独創品とその技術輸出で立つと掲げている。単体売上高は1971年3月期の488億円から1981年3月期の1,423億円へ、経常利益は75億円から184億円へ増えた。1978年6月には学術部門を歩んだ喜多善平氏を副社長に登用した。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1953〜1981年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 3件

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