筆者の見解
公約と実質のあいだで
この判断の核心は、"雇用は守る"という公約を掲げたまま、解雇以外のあらゆる手段で人と原価を組み替えた点にある。出向専門の第2人事部、間接部門の分社化、ゼロ発想による人員圧縮、若手主導の原価削減——美川英二社長が用いた手法は、いずれも社員を会社の外へ押し出さずに、働く場と仕事の中身を作り替えるものであった。温情主義の看板と熾烈な社内競争とを同居させる綱渡りには、日本企業が終身雇用のもとで構造改革をどこまで進められるかという問いが凝縮していたのだろう。
もっとも、その両立は永続しなかった。1990年代の解雇なきリストラは35%のコスト削減という成果を挙げたが、市況の変動が続くなかで、横河電機は2003年に雇用維持の公約そのものを見直す選択へ踏み込む。公約を掲げて改革を貫くのか、公約自体を書き換えるのか——美川英二社長の路線は、雇用を守るという約束と競争力の確保という要請のあいだで、企業がどこまで踏みとどまれるかを映した一例といえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月