- FY05以降の社長は内田勲(FY05)・海堀周造(FY06〜FY11)・西島剛志(FY12〜FY17)・奈良寿(FY18〜FY22)・重野邦正(FY24〜)の5名、全員が横河電機生え抜きからの昇格。外部出身の社長就任例は確認できない。
- 在任期間は海堀6年、西島6年、奈良5年と、概ね5〜6年での交代サイクル。重野はFY24就任で2年目に入る。
- 奈良はFY23以降「取締役代表執行役社長」として指名委員会等設置会社へ移行しており、ガバナンス体制を強化したうえで重野へバトンタッチする流れである。
1949〜1959年・11年/創業家
1960〜1965年・6年/外部出身
1966〜1969年・4年/生え抜き
1970〜1972年・3年/生え抜き
1973〜1986年・14年/創業家
1987〜1991年・5年/生え抜き
1992〜1997年・6年/生え抜き
1998〜2005年・8年/生え抜き
2006〜2011年・6年/生え抜き
2012〜2017年・6年/生え抜き
2018〜2023年・6年/生え抜き
重野邦正現任
2024年〜現在・3年/生え抜き
重野邦正
しげの くにまさ
生え抜き(1991年入社)。プラント立ち上げを担うスタートアップ部門、プロジェクト・エンジニアリング部門を経て2007年から中東に赴任。グローバル・ビジネス・サービス本部、中東・アフリカ統括、デジタルソリューション統括本部の責任者を経て2025年6月社長へ
奈良寿
なら ひとし
生え抜き(1985年4月に横河北辰電機へ入社)。横河タイランド社長、ソリューション営業本部長、横河ソリューションサービス社長を経て2019年4月社長へ。2025年4月に取締役会長 代表執行役
西島剛志
にしじま たかし
生え抜き(1981年4月に北辰電機製作所へ入社)。フィールド機器の技術・製品畑を歩み、横河メータ&インスツルメンツ社長を経て2013年4月社長へ。2021年4月会長
海堀周造
かいほり しゅうぞう
生え抜き(1973年4月入社)。米国子会社社長などを経て2005年執行役員IA事業部長、2006年常務執行役員、2007年4月社長へ。2013年4月会長
内田勲
うちだ いさお
生え抜き(1960年4月入社)。営業統括本部海外営業本部長、海外生産推進本部長などを経て1995年常務、1997年専務、1999年6月社長へ。2007年4月会長、2011年最高顧問
美川英二
みかわ えいじ
生え抜き(1956年入社)。人事課長時代に利益還元制度を設計し「横河ファミリー」の企業文化を築く。1976年取締役、1982年常務、1983年営業統括本部長、1986年専務、1991年副社長を経て社長へ。1999年6月19日に在職のまま死去
山中卓
やまなか たかし
生え抜き(1951年入社)。取締役システム機器事業部長などを経て1988年に社長、1993年に会長、1997年退任
横河正三
よこがわ しょうぞう
創業家(横河民輔の三男。1937年入社)。1955年取締役、1960年常務を経て1963年に横河ヒューレット・パッカード初代社長、1974年に横河電機製作所の7代目社長へ。北辰電機との合併を主導し「中興の祖」と呼ばれる
松井憲紀
まつい としのり
生え抜き(1932年入社)。製造畑を歩み、1952年取締役、1960年常務、1969年専務を経て1971年社長へ。1974年から1976年まで会長
友田三八二
ともだ みやじ
生え抜き(1927年入社)。工学博士として戦後の計器技術陣を率い、1940年7月取締役、1949年12月常務、1960年11月副社長を経て社長へ
山崎巌
やまざき いわお
外部出身(1927年三井銀行入行、1938年8月に横河電機製作所へ転じる)。1938年12月取締役、1945年11月常務、1949年12月専務を経て社長へ。1966年11月に会長
横河時介
よこがわ ときすけ
創業家(横河民輔の長男)。コーネル大学卒業後に父の横河工務所へ入り、1938年に横河橋梁製作所社長、1940年に横河電機製作所社長へ。1960年11月に会長、1966年に相談役