この出資を"国有化"と呼ぶかどうかは、当時から定まらなかった。政府は議決権の過半を握ったが、株式は上場を保ち、現場の運営は東京電力に委ねられた。破綻処理を選べば電力債15兆円の信用に波及し、完全に国有化すれば賠償の主体が国へ移る。どちらも選ばずに議決権だけを移したのは、賠償責任を民間企業に残したまま資金だけを供給する、制度上の折衷にあたる。折衷であるがゆえに、東京電力は民間企業としての規律と国の管理という二重の要請を同時に受け続けた。
折衷の代価は、利益の使い道が外から決まる構造として残った。特別負担金は東京電力の利益水準に応じて決まるため、稼ぐほど負担が増加する。事業ごとの自律経営を掲げても、連結の資本配分は賠償と廃炉の進捗という外部要因に規定される。資本市場との対話の作法が他の上場企業と異なるものになったのは、この設計の当然の帰結である。1兆円は債務超過を回避する対価であると同時に、経営判断の範囲を30年から40年にわたり狭める対価でもあった。