九州電力 の歴史

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創業 1951年
母体 電気事業再編成令により発足
創業地 福岡市
創業
1951年5月、電気事業再編成令により九州一円の発送配電一貫会社として設立された。九州配電と日本発送電から設備の出資と譲渡を受け、資本金7億6,000万円で福岡に本社を置き、同年9月に福岡証券取引所、1953年2月に東京・大阪の両取引所へ上場した。数百億円から数千億円におよぶ電源開発を回収するには需要と料金の予見性が要る。事業者を選ぶ余地を制度として閉ざす地域独占と、必要経費に適正利潤を乗せて料金へ転嫁できる総括原価方式が、その予見性を与えた。急増する九州の需要には独力の電源投資で応え、1972年に西日本共同火力、1973年に大島電力を合併して区域内の発電を一社へ集約した。
決断
石油から降りる判断を、どの電力会社よりも早く下した。1973年の第一次石油危機で発電量の4割近くを占める石油の燃料費が急騰すると、1975年10月に原子力を軸にLNG・地熱・揚水を並べる電源多角化へ切り替えた。玄海1号機の運転開始を先頭に玄海・川内で1997年までに計6基を並べ、原子力比率を1980年度の数%から1990年度の33%へ引き上げている。しかし2011年の全原発停止で燃料費が膨らみ2期続けて巨額赤字となり、2013年4月に家庭向け料金の値上げと川内1・2号機の再稼働申請に踏み切った。川内1号機は2015年8月に新規制基準のもとで国内初の再稼働となり、2018年には玄海3・4号機も続いた。運転40年に近づいた玄海1・2号機は安全投資が残る運転期間に見合わないと判断して廃炉を決め、原子力を6基から4基へ絞った。
現況
電気以外の事業が、営業利益のおよそ3割を生むようになった。2026年3月期の連結売上高は2兆2,472億円、営業利益2,249億円、純利益1,545億円であった。報告セグメントは6つで、発電・販売事業が売上1兆7,014億円・利益1,364億円、送配電事業が売上2,697億円・利益83億円を計上している。残る4つは合計で利益653億円を上げ、セグメント利益合計2,100億円の31%を占めた。内訳はその他エネルギーサービス369億円、ICTサービス106億円、都市開発52億円、海外126億円で、海外は売上37億円に対して利益がその3倍を超える。1999年のキューデン・インターナショナル設立に始まる持分出資が、電気の外側に利益率の高い収益源を築いた。
競合
太陽光が増えすぎた区域を、国内で最初に引き受けたのは九州電力である。九州は平地が広く日照時間が長いため太陽光の導入が突出して進み、2018年8月に管内の太陽光出力は807万kWへ達して、晴天日には需要825万kWのほぼ全量を賄える水準に近づいた。同年10月13日、九州電力は九州本土の太陽光と風力に対して国内で初めて出力制御を実施した。東北電力が秋田の洋上風力を中心に200万kW規模の開発を計画する段階にあるのに対し、九州電力は発電できる電気を止める側の運用をすでに経験している。2025年5月に示した2035年度までの2.5兆円の投資計画は、うち約1.5兆円を揚水や蓄電池を含む脱炭素へ配分しており、競争の焦点は電源を増やすことから、増えた電源を捌く系統側へ移った。
九州電力:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2006年3月期2026年3月期

設立ストーリー 9電力体制の地域独占と石油危機が促した原子力導入 (1951年〜)

電気事業再編成令が生んだ垂直統合の発送配電一貫体制

1951年5月、GHQ占領下で公布された電気事業再編成令により、戦時統制下の日本発送電株式会社と各地域の配電会社が解体され、全国9地域ごとに発送配電一貫の民営電力会社が同時に発足した。九州一円を供給区域とする九州電力株式会社も同年5月1日に資本金7億6,000万円で設立され、九州配電と日本発送電から発電設備・送配電網・営業所を一括継承して発送配電一貫の民営事業者として出発した。9電力体制は同年の福岡証券取引所上場、1953年の東京・大阪証券取引所第一部上場と続き、地域独占で電気料金収入を確保しつつ電源投資を独力で進める枠組みが整った。 [1][2][3][4][5]

  • 九州電力 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1951年5月1日 電気事業再編成令により九州電力株式会社設立(資本金7億6,000万円・九州配電と日本発送電から設備を継承)
    • [2]設立時資本金は7億6,000万円
    • [3]1951年9月 福岡証券取引所に上場
    • [4]1953年2月 東京・大阪両証券取引所市場第一部に上場
    • [5]電気事業再編成令の公布は1951年5月(同年5月1日に各9社が発足)

戦後復興期の九州は石炭採掘と鉄鋼・化学を主軸とする工業地帯で、電力需要は短期間に急増した。九州電力は石炭火力中心の電源を旧産炭地に集中配置し、八幡製鐵所や三井三池などの大口需要家へ向けて送電網を整備した。1954年5月には九州火力建設株式会社(後の西日本プラント工業)を設立して発電所建設の自前体制を整え、1972年4月には西日本共同火力との合併、1973年3月には大島電力との合併で経営基盤を拡張した。地域独占で得た料金収入を電源投資に回し、その投資が需要拡大に応えてさらに収入を増やす循環が9電力体制の最初の20年を支えた。 [6][7][8][9]

  • 九州電力 有価証券報告書【沿革】
    • [6]九州火力建設は後の西日本プラント工業
    • [7]1954年5月 九州火力建設株式会社設立(現・西日本プラント工業、1971年3月商号変更)
    • [8]1972年4月 西日本共同火力株式会社と合併
    • [9]1973年3月 大島電力株式会社と合併

供給区域内で発電・送配電・小売を一体運営する垂直統合は、料金規制と引き換えに投資回収の予見性を最大化する制度設計だった。総括原価方式の下で必要経費と適正利潤を料金へ転嫁できる仕組みは、数百億円から数千億円規模の電源開発投資を可能にした一方、需要家による事業者選択の余地を制度として閉ざした。この構造が3世代後に発送電分離と小売自由化で解体されるまで、九州電力の収益基盤を半世紀にわたり支え続ける。1950年代から1960年代にかけて建設した石炭・石油火力は、1970年代の石油危機で原子力・LNG・地熱への多角化を迫られる前提条件となる。

  • 九州電力 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1951年5月1日 電気事業再編成令により九州電力株式会社設立(資本金7億6,000万円・九州配電と日本発送電から設備を継承)
    • [2]設立時資本金は7億6,000万円
    • [3]1951年9月 福岡証券取引所に上場
    • [4]1953年2月 東京・大阪両証券取引所市場第一部に上場
    • [5]電気事業再編成令の公布は1951年5月(同年5月1日に各9社が発足)
    • [6]九州火力建設は後の西日本プラント工業
    • [7]1954年5月 九州火力建設株式会社設立(現・西日本プラント工業、1971年3月商号変更)
    • [8]1972年4月 西日本共同火力株式会社と合併
    • [9]1973年3月 大島電力株式会社と合併

玄海1号機が拓いた原子力本格運用と脱石油の電源多角化

1973年10月の第一次石油危機は、火力発電の燃料費を急騰させ、石油火力に依存していた九州電力の収益を直撃した。1980年度時点で石油火力が発電電力量の38%を占める電源構成は、原油価格の変動をそのまま料金原価に持ち込む構造で、安定供給と料金安定の両面で限界を露呈した。経営合理化に踏み込んだ九州電力は1976年7月に緊急経営対策本部、1977年4月に経営効率推進本部を設置し、設備投資・組織制度・要員配置の全般見直しを開始した。同時に脱石油を旗印とする電源多角化計画を策定し、原子力・LNG・地熱・揚水水力の各電源を1980年代に集中投入する方針を固めた。 [10][11][12][13]

  • エネ庁 日本のエネルギー150年の歴史
    • [10]第一次石油危機は1973年10月
  • 九州電力 1980年代のあゆみ
    • [11]1980年度の石油火力は発電電力量の38%
  • 九州電力公式 1970年代のあゆみ
    • [12]1976年7月 緊急経営対策本部設置
    • [13]1977年4月 経営効率推進本部設置

1975年10月15日、佐賀県玄海町に建設した玄海原子力発電所1号機(出力55.9万kW)が営業運転を開始し、九州初の原子力発電所として稼働した。同年代の関西電力美浜・東京電力福島と並ぶ加圧水型軽水炉の運用入りで、九州電力は原子力発電の運用知見を電力会社の中で早期に蓄積した事業者となった。玄海1号機の運開で原子力比率は数%台に到達し、石油依存からの脱却に向けて最初の一歩を進めた。1979年には鹿児島県薩摩川内市での川内原発1号機(出力89万kW)建設が動き始め、第二次石油危機(1979年)と相まって原子力主力化が経営方針として固まった。 [14][15][16]

  • 九州電力公式 原子力発電所の概要
    • [14]玄海1号機は加圧水型軽水炉(PWR)
    • [15]1979年に川内原発1号機(出力89万kW)建設が動き始め、第二次石油危機は1979年
    • [16]1975年10月15日 玄海原子力発電所1号機(出力55.9万kW)運転開始

電源多角化計画は原子力だけでなく、LNG・地熱・揚水水力まで含む多面的な構成だった。1983年運開の天山揚水発電所(30万kW×2基)はピーク需要への調整電源として原子力の安定運転を支え、1991年運開の新大分発電所1号系列(69万kW)はLNGコンバインドサイクルで熱効率を向上させた。1977年運開の八丁原地熱発電所2号機(5万5,000kW)は世界有数の地熱発電所として地域固有の地熱資源を活用した。石炭火力・LNG・地熱・原子力・揚水・水力を組み合わせた電源ミックスは、燃料調達の地政学リスクを分散する保険として、1990年代以降の九州電力の電源構成の骨格となった。 [17][18][19]

  • 九州電力公式 1980年代のあゆみ
    • [17]1983年 天山揚水発電所(30万kW×2基)運開
    • [18]1991年 新大分発電所1号系列(69万kW・LNGコンバインドサイクル)運開
  • 九州電力公式 1970年代のあゆみ
    • [19]1977年 八丁原地熱発電所2号機(5万5,000kW)運開
  • エネ庁 日本のエネルギー150年の歴史
    • [10]第一次石油危機は1973年10月
  • 九州電力 1980年代のあゆみ
    • [11]1980年度の石油火力は発電電力量の38%
  • 九州電力公式 1970年代のあゆみ
    • [12]1976年7月 緊急経営対策本部設置
    • [13]1977年4月 経営効率推進本部設置
    • [19]1977年 八丁原地熱発電所2号機(5万5,000kW)運開
  • 九州電力公式 原子力発電所の概要
    • [14]玄海1号機は加圧水型軽水炉(PWR)
    • [15]1979年に川内原発1号機(出力89万kW)建設が動き始め、第二次石油危機は1979年
    • [16]1975年10月15日 玄海原子力発電所1号機(出力55.9万kW)運転開始
  • 九州電力公式 1980年代のあゆみ
    • [17]1983年 天山揚水発電所(30万kW×2基)運開
    • [18]1991年 新大分発電所1号系列(69万kW・LNGコンバインドサイクル)運開

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九州電力の沿革1951〜2024年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1951〜1979年9電力体制の地域独占と石油危機が促した原子力導入電気事業再編成令による九州一円の発送配電一貫会社としての設立

1951年5月1日、電気事業再編成令にもとづき日本発送電と九州配電が解体され、九州一円を供給区域とする発送配電一貫の民営会社として九州電力が資本金7億6,000万円で発足した経営判断。

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★★★
福岡証券取引所に上場
上椎葉発電所運転開始
苅田発電所1号機運転開始
大村発電所1号機運転開始
新小倉発電所1号機運転開始
大岳発電所運転開始
唐津発電所1号機運転開始
大分発電所1号機運転開始
西日本共同火力と合併★★
川内発電所1号機運転開始
大平揚水式発電所運転開始
石油危機後の脱石油と、玄海1号機を先頭に置いた電源多角化

第1次石油危機で燃料費が急騰したことを受け、九州電力が1970年代を通じて原子力・LNG・地熱・揚水水力を並行して導入し、石油火力への依存を引き下げた電源構成の転換。1975年10月の玄海原子力発電所1号機の運転開始がその先頭に立った。

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★★★
八丁原発電所1号機運転開始
1980〜2014年原発比率33%への到達と福島事故が露わにした収益脆弱性関門連系線運転開始
玄海原子力発電所2号機運転開始
川内原子力発電所1号機運転開始
天山揚水発電所運転開始
松浦発電所1号機運転開始
新大分発電所1号系列運転開始
玄海原子力発電所3号機運転開始
山川発電所・苓北発電所運転開始
大霧発電所・滝上発電所運転開始
キューデン・インターナショナル設立
九州通信ネットワークを子会社化★★
甑島風力発電所・野間岬ウィンドパーク運転開始
眞部利應八丁原バイナリー発電所運転開始
眞部利應キューデン・サルーラ設立
眞部利應プルサーマル発電開始★★
瓜生道明全原発停止下での家庭向け料金値上げと、川内1・2号機を先頭に置いた再稼働申請

原発6基の停止で燃料費が膨らみ2期連続の赤字となった九州電力が、2012年11月に規制部門の電気料金値上げを申請し、2013年4月2日の認可を経て5月1日に実施した判断。あわせて合理化目標を上積みし、新規制基準の適合性審査には川内1・2号機を先に出した。

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★★★
瓜生道明九電みらいエナジー設立
2015〜2026年川内再稼働から発送電分離・脱炭素1.5兆円投資へ瓜生道明玄海原子力発電所1号機運転終了★★
瓜生道明サルーラ地熱発電所運転開始
池辺和弘九州電力送配電設立
池辺和弘一般送配電事業等を九州電力送配電に承継★★
池辺和弘カーボンニュートラルビジョンを策定
池辺和弘電気ビルを完全子会社化
池辺和弘地熱事業を九電みらいエナジーに承継
出典・参考
  • 九州電力 有価証券報告書【沿革】
  • 九州電力公式 1970年代のあゆみ
  • 九州電力 1980年代のあゆみ
  • 九州電力公式 1980年代のあゆみ
  • エネ庁 日本のエネルギー150年の歴史
  • 九州電力公式 原子力発電所の概要

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