東京電力HDの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

供給を雨量に預けず、燃料で発電する会社へ早くから組み替えた。1955年8月に設備増強の原則を水主火従から火主水従へ改め、効率の高い新鋭機を基幹に据えた。大規模な水力の適地が減る一方、大容量化した火力は建設期間も資金も水力より小さく済んだ。1957年4月に動いた千葉火力1号機の熱効率は、在来の新鋭機の32.3%に対し37.2%に達した。その結果、1959年には火力の認可出力が水力を上回った。1958年の石炭事件で高井亮太郎社長が退任した後も、青木均一社長と木川田一隆社長は重油専焼の大容量火力へ投資を続けた。

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