決断
供給を雨量に預けず、燃料で発電する会社へ早くから組み替えた。1955年8月に設備増強の原則を水主火従から火主水従へ改め、効率の高い新鋭機を基幹に据えた。大規模な水力の適地が減る一方、大容量化した火力は建設期間も資金も水力より小さく済んだ。1957年4月に動いた千葉火力1号機の熱効率は、在来の新鋭機の32.3%に対し37.2%に達した。その結果、1959年には火力の認可出力が水力を上回った。1958年の石炭事件で高井亮太郎社長が退任した後も、青木均一社長と木川田一隆社長は重油専焼の大容量火力へ投資を続けた。
2015年4月 火力発電をJERAへ移管
火力発電をJERAへ移管賠償と廃炉の負担で単独では燃料調達力を維持できないなか、中部電力との合弁JERAへ燃料・火力発電事業を3段階で移管し、規模の経済を合弁側で確保した判断同じ経営論点に直面した企業 | 事業売却・撤退業績の推移2014 2015 2020 売上高(兆円) 6.6 6.8 6.2 営業利益率(%) 2.9 4.7 3.4 2012年5月 原子力損害賠償支援機構が出資
業績の推移2011 2012 2017 売上高(兆円) 5.4 5.3 5.4 営業利益率(%) 7.4 -5.1 4.8 1971年 福島第一原発の建設
福島第一原発の建設膨張する首都圏の電力需要に対し、水力の適地を欠き火力の燃料・立地に制約を抱える東京電力が、地域独占と総括原価方式に支えられて原子力を基幹電源として自前で確保した設備投資判断同じ経営論点に直面した企業 | 新規事業・多角化業績の推移1971 1975 売上高(兆円) 0.5 1.1 経常利益率(%) 8.6 4.0 1955年8月 火主水従への転換
業績の推移1955 1960 売上高(億円) 496 1,001 経常利益率(%) 4.0 7.0