北海道電力 の歴史

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創業 1951年
母体 電気事業再編成令により発足
創業地 北海道札幌市
創業
1951年5月1日、電気事業再編成令にもとづき日本発送電札幌支店と北海道配電から設備の出資・譲渡を受け、北海道電力が発足した。初代社長は山田良秀氏で、北海道全域を供給区域とする一般電気事業者として、同じ日に発足した9社の一角を占めた。ただし他の8社と一つだけ条件が違った。青函海峡に隔てられて本州との送電線がほとんどなく、需給を域内で完結させるほかなかった点である。1951年8月に札幌証券取引所、1953年2月に東京証券取引所市場第一部へ上場して調達の経路を得ると、水力に加えて空知・釧路の炭田に近い立地を生かした石炭火力の開発を進めた。本州側の各社が1960年代に原子力へ主力を移し始めた時期も、石炭と水力の組み合わせで戦後復興期の需要増を吸収している。
決断
本州とつながっていないという条件が、電源の選択を決めてきた。応援送電を当てにできない系統では、需要の変動も発電所の停止も域内で吸収するしかない。1973年10月の第一次石油危機で原油価格が約4倍になると、苫東に構想していた600万kW級の石油火力を石炭火力へ組み替えた。1980年10月の苫東厚真1号機から石炭中心の電源構成が固まり、2号機以降は海外炭へ切り替えている。原子力は1968年から泊村で立地交渉が続き、1984年6月の設置許可を経て1989年6月に1号機が営業運転へ入った。チェルノブイリ事故のあと日本で最初に動いた原発で、2009年の3号機まで3基207万kWが揃い、原子力の比重は約4割に達した。ただしこの構成は、発電設備を道央へ集めることと引き換えに成立していた。
現況
原子力が一基も動かないまま、設備投資だけが過去最大を更新している。1978年に泊村への立地を決めた泊発電所は、2012年5月以降3基とも止まったままである。2026年3月期は連結売上高8,560億円、営業利益732億円、純利益440億円で、セグメント利益は発電・小売が446億円、送配電は25億円にとどまった。設備投資は発電・小売1,511億円、送配電822億円と、前期の1,013億円・668億円から合わせて4割近く増えた。2025年3月の経営ビジョン2035は、泊の安全対策、石狩湾新港LNGの増設、再エネ300万kW超の追加を主軸に、11年で2兆5,500億円を投じる。稼働しない原子炉の安全対策費と、2027年に量産を始めるラピダスが求める約60万kWが、同じ計画に並んでいる。
競合
供給区域の全戸が同時に停電した例は、日本でこの1社しかない。2018年9月6日午前3時7分の胆振東部地震で苫東厚真1・2・4号機が相次いで停止し、供給力の約4割が一度に失われた。17分後の3時25分、道内約295万戸が停電した。本州側の各社であれば隣接する会社から融通を受けられる規模の不足だったが、苫東厚真の供給力は北本連系の60万kWを大きく上回り、東北電力から応援を受ける余地がなかった。水力のブラックスタートから系統を立ち上げ直し、2日で約99%を復旧している。発電設備を道央へ集めて費用を抑えた構成は、その集中がそのまま停電の範囲になったあと、2019年2月に運転を始めた自社初のLNG火力である石狩湾新港1号機で分散へ組み替えられた。
北海道電力:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2006年3月期2026年3月期

設立ストーリー 9電力体制の北海道枠と独立系統下の電源構成 (1951年〜)

北本連系1本でしかつながらない地域独占企業の出発

1951年5月1日、GHQ主導の電気事業再編成令にもとづき、日本発送電札幌支店と北海道配電から設備の出資・譲渡を受けて北海道電力が設立された[1]。初代社長は山田良秀氏で、北海道全域を供給区域とする一般電気事業の地域独占を担う体制が発足した。同じ日に北海道から九州まで9社が一斉に発足し[2]、関西電力や東京電力など他の地域電力会社とは制度的に対等の立場で電源開発と料金規制を進める枠組みが整った。だが北海道電力には他の8社にはない条件が一つあった。本州との間に十分な送電線がほぼ存在せず、青函海峡をはさんで電気を融通する手段が限られていたという点である。

  • 北海道電力 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1951年5月1日 電気事業再編成令により日本発送電札幌支店・北海道配電から出資譲渡を受け北海道電力を設立
    • [2]1951年5月1日に北海道から九州まで9社が一斉発足(9電力体制)

1951年8月には札幌証券取引所[3]、1953年2月には東京証券取引所市場第一部に株式を上場し[4]、資本市場からの資金調達基盤を整えた。1962年8月には大阪証券取引所市場第一部にも上場し[5]、地方銘柄でありながら全国の証券市場で取引される地位を得た。設立直後の電源構成は水力中心で出発したが、北海道は国内有数の産炭地でもあり、空知・釧路の炭田に近い立地を生かして石炭火力の開発が並行した。本州側で東京電力や関西電力が原子力開発に主力を移し始めた1960年代前半から、北海道電力は石炭と水力の組み合わせで戦後復興期の需要増加を吸収する電源構成を維持した。

  • 北海道電力 有価証券報告書【沿革】
    • [3]1951年8月 札幌証券取引所に上場
    • [4]1953年2月 東京証券取引所市場第一部に上場
    • [5]1962年8月 大阪証券取引所市場第一部に上場
  • 北海道電力 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1951年5月1日 電気事業再編成令により日本発送電札幌支店・北海道配電から出資譲渡を受け北海道電力を設立
    • [2]1951年5月1日に北海道から九州まで9社が一斉発足(9電力体制)
    • [3]1951年8月 札幌証券取引所に上場
    • [4]1953年2月 東京証券取引所市場第一部に上場
    • [5]1962年8月 大阪証券取引所市場第一部に上場

オイルショックが書き換えた電源計画

1973年11月、北海道電力初の石油火力発電所である苫小牧発電所1号機が運転を開始した[6]。重油焚きの新しい発電所として計画された苫小牧の続編として、当初は苫東地域に600万kW級の石油火力を据える構想があった[7]。だが同年10月の第一次石油危機で原油価格が約4倍に跳ね上がり、計画は95万kW級の石炭火力へと組み替えられた。1980年10月に苫東厚真発電所1号機が運転を開始し、以降4号機まで順次増設された。2号機からは海外炭の使用を運転開始時から織り込み、国内石炭から海外炭への燃料調達の切り替えが始まった。石炭依存の電源構成はその後数十年にわたり北海道電力の収益構造を規定する基盤となった。

  • 北海道電力 有価証券報告書【沿革】
    • [6]1973年11月 苫小牧発電所1号機(北海道電力初の石油火力)運転開始
  • 北海道電力『北のあかりを灯し続けて 北海道電力五十年の歩み』
    • [7]苫東地域に当初構想された石油火力は600万kW級

1974年8月には新冠発電所1号機が運転を開始し[8]、北海道電力初の揚水式発電所として系統の調整力を高めた。だが石炭・水力に加えて、もう一つの電源を据える検討が1968年から進んでいた。後志地方の泊村を立地点とする原子力発電所の計画である。1984年6月に1号機の設置許可が下りる[9]までに16年を要し、漁業組合や地元自治体との折衝が長期化した。電気事業として収益基盤を多角化する観点に加えて、本州との連系線が細い独立系統で需要変動を吸収するためにベースロード電源の追加が必要だったという供給安定の事情が、原子力立地を後押しした。1985年4月には泊1号機の本体工事が本格化し、1988年4月には燃料装荷を控える段階にまで進んだ。9電力体制発足から38年を経て、北海道電力は石炭・水力中心の電源構成に原子力を組み込む直前にあった。

  • 北海道電力 有価証券報告書【沿革】
    • [8]1974年8月 新冠発電所1号機(北海道電力初の揚水式)運転開始
  • 原子力百科事典ATOMICA「北海道電力泊発電所1号炉、2号炉訴訟の経緯(10-05-02-07)」
    • [9]1984年6月14日 泊発電所1・2号炉の原子炉設置許可
  • 北海道電力 有価証券報告書【沿革】
    • [6]1973年11月 苫小牧発電所1号機(北海道電力初の石油火力)運転開始
    • [8]1974年8月 新冠発電所1号機(北海道電力初の揚水式)運転開始
  • 北海道電力『北のあかりを灯し続けて 北海道電力五十年の歩み』
    • [7]苫東地域に当初構想された石油火力は600万kW級
  • 原子力百科事典ATOMICA「北海道電力泊発電所1号炉、2号炉訴訟の経緯(10-05-02-07)」
    • [9]1984年6月14日 泊発電所1・2号炉の原子炉設置許可

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北海道電力の沿革1951〜2025年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1951〜1988年9電力体制の北海道枠と独立系統下の電源構成北海道電力を設立★★
札幌証券取引所に上場
東京証券取引所市場第一部に上場
北海道計器工業を設立
北電興業を設立
大阪証券取引所市場第一部に上場
苫小牧共同発電を設立
北海道電設工事を設立
苫東の600万kW級石油火力構想の取り下げと、石炭火力への電源計画の組み替え

1973年10月の第一次石油危機を受け、北海道電力が苫小牧東部(苫東)に構想していた600万kW級の石油火力を取り下げ、同じ地点の電源を石炭火力へ組み替えた経営判断。1980年10月に運転を始めた苫東厚真発電所1号機から、石炭を主力とする電源構成が固まった。

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★★★
北海道火力工事を設立
道内初の原子力発電所の立地決定と、内陸型から海側・泊村への計画変更

1969年9月に共和村と泊村の境界付近を道内初の原子力発電所の立地点に定めた北海道電力が、漁業者の同意を得られないまま1978年に計画を変更し、内陸型の立地点を海側の泊村へ移した経営判断。1984年6月の原子炉設置許可と同年8月の着工まで、立地点決定から15年を要した。

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★★★
苫東コールセンターを設立
北海水力発電を設立
北電営配エンジニアリングを設立
1989〜2010年泊原発1〜3号機の運転開始と電源構成の三本柱化北海道総合通信網を設立
ほくでんライフシステムを設立
アイ・エス・ティ北海道を設立
北海電気工事の株式を札幌証券取引所に上場
近藤龍夫苫小牧共同発電と北海道プラントサービスが合併★★
近藤龍夫北海道計器工業を株式交換により完全子会社化
近藤龍夫北海電気工事を公開買付けにより子会社化
近藤龍夫北海道総合通信網を株式交換により完全子会社化
佐藤佳孝北電営配エンジニアリングとほくでんライフシステムが合併
2011〜2025年全原発停止と大停電を経た独立系統の再設計真弓明彦石狩LNG桟橋を設立★★
真弓明彦北海道電力送配電事業分割準備を設立★★
真弓明彦北海電気工事がほくでんサービスの配電部門を会社分割により承継
藤井裕北海道電力コクリエーションを設立
藤井裕北海道電力の一般送配電事業を会社分割により北海道電力ネットワークへ承継★★
藤井裕森バイナリーパワーを設立
齋藤晋HARE晴れを設立
齋藤晋北海道再エネアグリゲーションを設立
出典・参考
  • 北海道電力 有価証券報告書【沿革】
  • 北海道電力『北のあかりを灯し続けて 北海道電力五十年の歩み』
  • 原子力百科事典ATOMICA「北海道電力泊発電所1号炉、2号炉訴訟の経緯(10-05-02-07)」

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