中国電力の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

水力の乏しい地域で、電源の主力を早くから火力へ移してきた会社である。大きな河川にも石炭産地にも恵まれない中国地方では、水力は上流へ進むほど建設費と発電原価が割高になった。1958年4月には九州電力・四国電力と同じブロックで広域運営に加わり、単独で開発を続けて料金を上げることを避けている。1959年12月末には火力の設備が水力を上回り、1960年から設備と発電電力量の両面で火主水従へ転換。先回りした増設で需給の均衡を保ったことが、1965年10月の平均3.91%の料金引き下げを支えた。その後は島根県鹿島町に46万KWの原子力発電所を建てると決め、火力の次の電源を自ら用意した。

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