2009年の加賀電子がしたことは、危機に耐えることではなく、危機がつけた値札を読むことであった。同じ年に赤字を計上しながら買い手に回れたのは、在庫を持たない商法が損失の上限を決めていたからにほかならない。創業時に資金がなくてやむなく採った受発注方式が、40年後には不況時の買収余力として働いた。守りの規律が攻めの資金源になるという逆転が、この会社の資本配分の特徴といえる。
もっとも、危機を機会と呼ぶだけなら誰でもできる。塚本会長の言葉が方針として残ったのは、翌月に英国とチェコへ拠点を開設し、2カ月後に国内企業を買い、社長交代の場では後継者に100億円という数字を渡したからである。方針は掛け声ではなく、拠点の数と買収の件数と社内目標の数字に置き換えられて引き継がれた。塚本会長が"チャンス"と呼んだ2009年3月期の当期純損失は8億円、その12年後に加賀電子が計上した当期純利益は114億円である。