栗田工業独BKギウリニの水処理薬品事業の取得と、欧米での連続買収による海外事業の拡大
自前で育てるか、事業ごと買い取るか——世界四極体制をめぐる海外投資の切り替え
- 概要
- 栗田工業は2015年1月、独BK Giulini GmbHおよびその関係会社から水処理薬品・紙プロセス薬品・アルミナ化合物の3事業を取得原価323億円で譲り受けた。以後、2017年1月に米フレモント・インダストリーズ、2019年3月に米U.S.ウォーター・サービスの持株会社を相次いで買収し、欧州と北米に水処理薬品の事業基盤を築いた。
- 背景
- 同社は国内電子産業向けの超純水で高いシェアを持つ一方、2015年3月期の連結売上高1,894億円のうち日本が1,503億円を占め、EMEAは15億円にすぎなかった。国内の半導体・液晶向け需要が縮小するなかで、海外の収益源をどう確保するかが数年来の課題として残っていた。
- 内容
- 欧州ではドイツ・トルコの製造拠点と欧州各国の販売網をまとめて取得し、クリタ・ヨーロッパAPW GmbHとして再出発させた。北米では約47億円のフレモントで足場を作り、306億円を投じたU.S.ウォーター・サービスで顧客約5,000社の販売網を得た。有価証券報告書は一連の投資を世界四極体制の確立と説明している。
- 含意
- 2023年3月期の連結売上高3,446億円のうち海外が半分近くを占めるまでに地域構成は変わった。同時に連結ののれんは604億円まで積み上がり、同期にはクリタ・アメリカの水処理薬品事業について76億円の減損損失を計上している。
買えたもの、買えなかったもの
一連の買収を水ビジネスの世界化に沿った当然の動きと括ると、この判断の性質を取り逃がす。栗田工業が長く守ってきたのは、海外子会社が自ら稼いだ範囲で投資するという慎ましい海外政策であり、323億円を一度に払って欧州の事業と人と拠点を丸ごと引き取る買い方は、その正反対にあたる。国内の顧客の工場に入り込んで技術を磨いてきた会社が、密着すべき相手をまず資本で確保する方法へ乗り換えたところに、この判断の芯があるとみられる。
もっとも、資本で買えたのは顧客基盤と製造拠点までであった。欧州の薬品を日本で売る話は評価試験と法規制の調査で滞り、北米では買収後の統合が想定どおりに運ばず、2023年3月期にはクリタ・アメリカの水処理薬品事業ののれん76億円を落としている。買い集めた事業を一つの会社として動かす仕事は、欧米統括組織の課題として後に残った。時間を買う買収でも、統合に必要な時間までは買えなかったといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
国内の顧客に密着して育った収益基盤
栗田工業は1970年代から半導体メーカー向けに超純水製造装置を納め、2010年の時点で国内電子産業向けの同装置に約7割のシェアを持っていた。顧客の工場内へ自社設備を据えて水そのものを売る超純水供給事業にも踏み込み、それだけで全売上高の2割弱を占めるまでになっていた。技術も収益も、国内の顧客に密着することで積み上げてきた会社であった。一方で、プラントの運営管理では欧州のいわゆる水メジャーに後れを取ると指摘されてもいた[1][2]。
その強みは、国内市場の頭打ちとともに弱みへ裏返った。2015年3月期の連結売上高1,894億円のうち日本が1,503億円を占め、EMEAはわずか15億円、北アメリカも20億円にとどまる。中井稔之社長は買収発表の記者会見で、日本の半導体や液晶向けが縮小するなか代替策を見つけることが数年来の課題だったと述べている。海外へ収益源を移す手立てが、経営の正面に残されたままであった[3][4]。
決断
欧州の事業をまるごと譲り受ける
2014年10月27日、栗田工業は独BK Giulini GmbHから、水処理薬品・紙プロセス薬品・アルミナ化合物の3事業を約342億円で買収すると発表した。手続きは2015年1月31日に完了し、譲り受けた事業はクリタ・ヨーロッパAPW GmbHとして再出発する。有価証券報告書に記載された取得原価は323億円、生じたのれんは188億円であった。欧州の売上比率が1%に満たない会社にとって、比率を一気に1割へ引き上げる規模の買い物であった[5][6]。
買収の理由を、同社は日本とアジアの事業基盤に欧州の幅広い顧客基盤が加わることだと説明している。それまでの海外政策は、海外子会社が自ら稼いだ資金の範囲で投資するというもので、成長の速さには限りがあった。門田道也社長は後の説明会で、いまは親会社から資金を出し、欧州で優秀な人材も獲得したと語っている。時間をかけて自前で育てる方法から、資本を投じて事業と人をまとめて引き取る方法への切り替えであった[7][8]。
北米へ続いた連続買収
欧州の次は北米であった。2016年12月の経営説明会で門田道也社長は、欧州の何カ国にもまたがる事業買収を経験した以上、米国で既存の会社を買うだけなら難易度はかなり低いと述べ、北米でも一つの買収だけで済むとは考えていないと続けた。翌2017年1月、ミネソタ州のフレモント・インダストリーズを47億円で譲り受ける。バイオ燃料や食品、病院などの中小顧客を米国中西部に抱える会社で、その販売網が狙いであった[9][10][11]。
本番は2019年3月25日に訪れた。栗田工業は米国の水処理薬品・装置会社の持株会社であるグローバル・ウォーター・サービス・ホールディングの全株式を306億円で取得する。有価証券報告書はこの投資を、日本・アジア・欧州・北南米という世界四極体制の確立に向けたものと記した。傘下のU.S.ウォーター・サービスは食品・飲料や石油ガスなど約5,000社の顧客を抱え、米国での売上高は約4倍に拡大する見込みだと説明している。のれんは232億円が計上された[12][13]。
結果
地域構成の入れ替わりと、のれんの重さ
地域別の売上構成は8年で入れ替わった。2015年3月期に15億円だったEMEAの売上高は2023年3月期に295億円となり、20億円だった北アメリカは北南米601億円へ増えている。連結売上高3,446億円のうち日本は1,759億円で、海外が半分近くを占めた。買収前に1%に満たなかった欧州の比率は1割に近づき、アジアに偏っていた海外事業は三つの地域へ分かれた[14]。
その代償として、連結貸借対照表にはのれんが積み上がった。2023年3月末の残高は604億円で、うち水処理薬品事業が423億円を占める。同じ2023年3月期、栗田工業はクリタ・アメリカの水処理薬品事業について、のれんの減損損失76億円を計上している。事業計画の下方修正と、米国の政策金利引き上げに伴う割引率の上昇が重なった結果であった。買った事業が生む利益への期待が、外部環境の変化で一部書き換えられた[15][16]。
買った後に残った仕事
減損の手前にあったのは統合の遅れであった。2023年5月12日の決算・中期経営計画説明会で会社側は、北米の子会社3社を統合したクリタ・アメリカについて、新型コロナウイルスの感染拡大と物流の混乱により買収後の統合を想定どおりに進められなかったと説明している。対面での打ち合わせができなかった影響が大きかったという。欧州で先に重ねた改善の事例を持ち込むため、欧州の統合を経験した人材を長とする欧米統括組織が新たに置かれた[17]。
買った商品を地域をまたいで売る構想も、思ったほど速くは進まなかった。2017年5月の時点で門田道也社長は、欧州子会社の水処理薬品を日本で売る取り組みが想定より遅れており、評価試験や法規制の調査に時間がかかったと述べている。それでも欧州で得た足場は残り、2023年5月には独仏スイスのアルカデ社グループを買収して装置の製造拠点も加えた。2025年3月期の連結売上高は4,089億円と、買収前の2倍を超える水準に達している[18][19][20]。
- 週刊東洋経済 2010年6月12日号「会社が変わる! 企業戦略シリーズ4 【戦うNo.1技術】 第4回 栗田工業 客の懐の中で進化を追う「超純水」はサービス業だ」
- 日本経済新聞 2014年10月27日「水処理各社、海外に活路 栗田工業、独社の事業買収」
- 日本経済新聞 2017年1月5日「栗田工業、米の水処理薬品会社を買収」
- 日本経済新聞 2019年2月8日「栗田工業、水処理薬品・装置メーカーの米U.S.Water社の親会社の発行済株式全てを取得」
- 日本経済新聞 2023年5月8日「栗田工業、欧州における水処理装置の製造・販売会社の買収について発表」
- 栗田工業 経営説明会 質疑応答要旨(2016年12月27日開催)
- 栗田工業 経営説明会 質疑応答要旨(2017年5月24日開催)
- 栗田工業 2023年3月期 決算・中期経営計画説明会 質疑応答要旨(2023年5月12日開催)
- 栗田工業 有価証券報告書(2015年3月期・2017年3月期・2019年3月期・2023年3月期・2025年3月期・連結)