栗田工業入札談合の摘発を受けた官公需の建設工事事業からの全面撤退

摘発されたし尿処理だけを閉じるか、官需の建設工事を丸ごと返上するか

時期 2006年12月
意思決定者(推定) 藤野宏 社長
論点 独占禁止法違反の再発防止と事業構成の絞り込み
概要
2006年12月27日、栗田工業は国、地方公共団体等が発注するすべての建設工事事業から撤退すると発表した。汚泥再生処理(し尿処理)施設建設工事の入札談合で同年5月に公正取引委員会から刑事告発されたことを受け、摘発された分野にとどまらず、建設業法が定める28業種の官公需を返上した判断であった。藤野宏社長のもとで決めている。
背景
水処理装置事業は一般産業向けのプラントと官公庁向けの環境衛生施設の二本立てで、し尿処理では久保田鉄工・荏原インフィルコと並ぶ御三家と呼ばれた。ただし2000年代の官公需市場は公共事業予算の縮小と競争の激化で縮み、収益の柱は電子産業向けへ移っていた。
内容
2006年5月19日に汚泥再生処理(し尿処理)施設の新規案件から撤退したうえで、同年12月27日に官公需の建設工事事業すべてから撤退した。受注済みの仕掛案件と保証工事は自社の責任で完工し、グループ会社への事業移管は一切行わないと明記している。既納入施設の維持管理は子会社のクリタスが引き継いだ。
含意
撤退を決めた2007年3月期は増収増益で着地し、超純水の供給サービスと中国での排水リサイクルが次の成長を担った。官公庁を客とする建設工事から、産業界を客とする水のサービスへ、事業の範囲が絞り直されたとみることができる。
筆者の見解

談合の後始末という読み方では足りないもの

発覚した談合の後始末、という読み方では、この撤退の広さは説明しきれない。摘発されたのは汚泥再生処理(し尿処理)施設という一分野であり、そこだけを閉じれば形は整った。にもかかわらず栗田工業は建設業法28業種の官公需をすべて返上し、グループ会社への事業移管も一切行わないと明記した。再発を誓う文言ではなく、談合の起こりうる場そのものを社内から消す方法を選んだとみることができる。

もっとも、これを潔さの一語で受け取るのは公平ではない。官公需市場は公共事業の予算縮小と競争の激化ですでに縮んでおり、2006年3月期の官公需分野向け売上高は前期を下回っていた。撤退を決めた同社が2007年3月期の業績予想を据え置き、実際に増収増益で着地した事実は、手放した事業の重さがその程度であったことも示している。年500億円の市場で3分の1を狙うと語られた御三家の地位は、返上する前から細っていたといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

民需と官需の二本立て

栗田工業の水処理装置事業は、早くから一般産業向けのプラントと官公庁向けの環境衛生施設の二つに分かれていた。なかでもし尿処理は、久保田鉄工・荏原インフィルコと並んで御三家と呼ばれる位置を占めた。1981年に日本証券アナリスト協会で講演した中村貞夫社長は、年500億円規模で横ばいのこの市場について、3分の1は今後とも確保できると述べている。景気に振られる民需の谷を、財政に支えられた官需が埋める構造であった[1][2]

その均衡は2000年代に入って崩れていた。官公需市場は公共事業の予算縮小と競争の激化で厳しさを増し、2006年3月期の官公需分野向け売上高は前期を下回った。一方、1997年度に経常利益が271億円から160億円へ急落した経験から、藤野宏社長のもとで超純水の供給サービス事業が立ち上がり、電子産業向けの売上高が伸びた。収益の柱は、談合の摘発を受ける前からすでに民需の側へ寄っていた[3][4]

決断

摘発と、し尿処理からの第一次撤退

発端は2005年8月であった。栗田工業は汚泥再生処理(し尿処理)施設建設工事に関する独占禁止法違反の容疑で公正取引委員会の調査を受け、2006年4月には公正取引委員会と大阪地方検察庁の捜査を受けた。同年5月19日、同社は汚泥再生処理施設の新規案件に関連する事業から撤退すると決め、営業活動も同日で止めた。5月23日には公正取引委員会から刑事告発され、6月12日には社員とともに起訴されている[5][6]

公正取引委員会が認定した合意は、栗田工業一社の問題ではなかった。告発されたのはクボタ、荏原製作所、三菱重工業、日立造船、タクマなど11社である。2004年12月上旬ころ、市町村等が競争入札で発注するし尿処理施設の新設・更新工事について受注予定者を決める旨を合意し、2005年7月中旬ころまでその合意にしたがっていたとされた。業界の主要各社が横並びで関わった、慣行としての談合であった[7]

官需の建設工事を丸ごと返上する

2006年12月27日、栗田工業は国、地方公共団体等が発注するすべての建設工事事業から撤退すると発表した。対象は建設業法が定める28業種の許可事業すべてで、し尿処理という一分野の返上にとどまらず、官公需の建設工事を丸ごと手放す内容であった。掲げた理由は、独占禁止法違反に対する再発防止をより徹底するため、という一点である。摘発された分野だけを閉じて済ませる道は採らなかった[8]

畳み方にも条件が置かれた。すでに受注した仕掛案件と保証期間中の保証工事は自社の責任で完工し、撤退にともなうグループ会社への事業移管は一切行わないと明記している。名義を子会社へ移して官需を続ける道を、自ら塞いだことになる。既納入施設の維持管理・運転管理は100%子会社のクリタスが引き継ぎ、あわせて2007年3月期の業績予想は据え置かれた。撤退の痛みを吸収できる規模とみていたことがうかがえる[9]

結果

官需を失った期の増収増益と、遅れて届いた処分

撤退の年度は減収では終わらなかった。2007年3月期、水処理装置事業は官公需分野向けの売上高が撤退によって減った一方、電子産業向けの超純水製造装置と、超純水供給・精密洗浄などのサービス事業が伸びた。事業全体では売上高が前年同期比17.9%増の1,404億円、営業利益は65.5%増の154億円となり、連結の売上高1,971億円、経常利益252億円はいずれも前期を上回った[10]

代償は別の形で現れた。同期の特別損失には、独占禁止法違反に係る課徴金・罰金として4億8,800万円が計上されている。さらに2007年9月21日、国土交通省関東地方整備局から建設業法にもとづく営業停止処分を受けた。対象は岐阜県以西の24府県における清掃施設工事のうち公共事業に係るものなどで、期間は同年10月5日から11月3日までの30日間であった。すでに官需から退いていたため、業績への影響はないと同社は説明している[11][12]

残った柱と、次に選んだ市場

官需を失った同社が寄りかかったのは、装置を売り切らずに使い続けてもらう事業であった。顧客の工場内に超純水製造設備を自ら設置し、水そのものを供給する超純水供給事業の売上高は、2004年度の39億円から2007年度には160億円へ伸びた。全社に占める比率は1割弱ながら収益性は最も高く、いったん契約を取れば設備投資の波と関係なく続く収入として、装置販売の振れを吸収した[13]

成長を探す先も、国内の官公需の外へ向かった。2010年4月、栗田工業はプラント事業本部に水・資源再生プロジェクト部を設け、中国を中心とする産業排水の再生を担わせた。齊藤浩社長は、中国へ進出した日本の製造業2,000社のうち、すでに取引のある200社にリサイクル水装置を提案し、その後は全企業へ広げると語っている。官公庁を客とする建設工事から、産業界を客とする水のサービスへ、事業の輪郭が引き直された[14][15]

出典・参考

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