粉飾の発端となったのは、まず仕事を確保し、採算は競合に対して優位に立ってから考えればよいという方針だった。装置部門でオルガノに先行を許していた後発の立場からすれば、受注を得るために取りうる手立てはそう多くなかった。誤りの本体は、その無理な受注を工事進行基準による決算へそのまま映し込まずに済ませてしまった処理にある。この一件の核心は、下した判断そのものより、判断の結果を測る物差しのほうを曲げてしまった点にあると思われる。
もっとも、再建が成ったことをもって仕組みが直ったとみるのは早い。栗田工業は1975年の時点でも同じ工事進行基準を採り続け、拡大解釈を疑われていた。26億円の累積赤字を消したのは薬品の利益と公害防止市場の急拡大であって、会計処理の是正ではなかった。努力が7割、時流が3割という当時の評は、伊藤忠商事の増資と貝石眞三社長の経営公開が、時流に間に合ったことの言い換えでもあったのだろう。